WEC世界耐久選手権第6戦富士の決勝後、ワン・ツー・フィニッシュをピットで見届けたトヨタ自動車の佐藤恒治社長に話を聞いた。WECの現状についてまとめた前編に続き、今回の後編では今後のトヨタのモータースポーツ活動の方向性や組織について、佐藤社長が持つビジョンや今後の展開を紐解いていく。
■水素の未来はACOと「しっかり連携」
スーパー耐久の現場で水素内燃エンジンの開発に取り組んできたトヨタは、2023年のル・マン24時間レースにおいて、水素エンジンを搭載するプロトタイプ車両『GR H2 Racing Concept』を公開した。ル・マンを主催するACOフランス西部自動車クラブは水素動力車をレースに参加させる方針であり、トヨタはいち早くコンセプトカーを仕立て上げ、コミットする姿勢を示した形となる。
このプログラムの現状を問われた佐藤社長は「エンジンのテストは順調に進んでいて、基本的にはパフォーマンスのウインドウに入るくらいの出力はもう出せると思います」と答えた。
「あとはエンジンそのものよりも、全体の車体の設計上、どうやって安全性を確保しながら、レーシングカーとして仕上げるかというところだと思います」
トヨタは内燃エンジンで水素を活用しようとしているが、ACO側では主に水素燃料電池を動力とする車両でここまでテスト・開発を重ねてきている。この点については、ふたつのアプローチの間では連携が取れており、目指す方向性に違いはないことを佐藤社長は強調した。
「(ACOのピエール・)フィヨン会長とも、水素のモビリティを進めていくための、連携プレーはしっかりやっていこう、という話はしています。FC(燃料電池)でアプローチするACOとエンジンでアプローチするトヨタで連携・情報交換しながら、ハイドロジェン・モビリティとしてのカテゴリーをしっかり作っていこう、と」
「そうなったときに、車体の設計の面でも合わせ込むべきところはあって、たとえば燃料の給油(給水素)の問題であるとか、安全の基準に対する考え方であるとか。いろんなところをACOと合わせ込んで行って、スタンダードをきちんと作ろう、と考えています」
WEC/ル・マンで水素カテゴリーが誕生するとなった場合には、実際に水素をどう輸送・保管して、マシンに充填するかなど「インフラとセットで進めなければ成り立たない」(佐藤社長)部分が多い。この点はスーパー耐久における取り組みにACO側が興味を示している側面もあるようで、フィヨン会長が今年5月の富士24時間に来場しただけでなく、WEC富士の際にはル・マン市の消防スタッフも来日、日本における消防安全性の確保方法など、より具体的な情報交換が行われたようだ。
ACOは現在のところ、2026年から水素燃料電池車両、水素エンジン使用車両の参戦を認める方針を明らかにしている。また、2023年のル・マンでは『ハイドロジェン・ビラージュ(水素村)』と名付けられた展示が行われ、ここにはトヨタGR H2 Racing Conceptのほか、リジェ・オートモーティブとボッシュ・エンジニアリングが共同開発する水素技術実証車両『リジェJS2 RH2』なども展示されたが、実際に将来のWEC/ル・マンの水素カテゴリーに、どんなメーカーが参入するかは明らかになっていない。
これまでのところ、プジョーやBMWからは前向きともとれる発言が聞かれているが、ル・マンの水素時代に“トヨタのライバル”は現れるのだろうか。
「ACOと話をしているところはあるかもしれませんが、我々にはそこはまだ開示されていません。おそらく、ゼロではないだろうと想定しています」と佐藤社長。
「そこにはそれぞれの戦略があるでしょうし。我々は、我々の思いを直接ACOとやりとりしていますが、トヨタとしてはオープンなので、もし『一緒にやりたい』という声があれば、我々としてはいつでも(歓迎です)」
そもそも、現行の最高峰クラス=ハイパーカーにとって代わるものなのか、クラスとして新設されるのか、あるいはハイパーカーに混走するのかなど、ACOの考える水素カテゴリーの具体像は、まだ見えない部分が多い。佐藤社長は「最終的なレースフォーマットがどうなっていくのか、ハイパーカークラスが将来的にどうなっていくのか、(現行ハイパーカーと水素の)両睨みで、両方の準備をしながらいくことになるんだと思います」と、トヨタとしてのスタンスを語っている。
「具体的にはまだこれからだと思いますが、(水素レーシングカーは)エキシビション的にはもう、どんどん走らせていかないといけないと思います」
前編の記事でも触れたように、現行のハイパーカークラスでは今年、BoP(性能調整)をめぐる問題に翻弄されたトヨタ。ただ、「我々はここでハイブリッドの技術を磨いてきました。ハイブリッドはまだまだ可能性があると思っていますし、このWECのなかでハイブリッドをもっと育てたい。もっと面白くできるんです」と佐藤社長も語るように、決してその未来は“水素一辺倒”ではない。
WECにおけるこうしたBoPと技術開発をめぐる状況を受け、取材に出席した記者からは「F1はレッドブルが独走しても(技術的に)止めない。F1ではダメなのか?」との質問がなされた。
これに対し佐藤社長は自動車マニュファクチャラーとして取り組むべき『クルマづくり』と『カーボンニュートラルの実現』というふたつの課題に言及しながら、以下のように答えている。
「モータースポーツでクルマを鍛える、ということを考えたときに、耐久レースというのは我々にとってすごく大切な位置付けです。その意味では、ラリーも究極の耐久レースですし、これ(WEC)もそうですよね。ですから、(カテゴリーの)認知度などで決めるというよりは、もっといいクルマを作るのに、どの環境がいいのか」
「私自身は最近のF1の動きもウォッチしていますので、いわゆる電動化に資するユニットの開発であるとか、カーボンニュートラルに効果のあるeフューエルの開発のスキームなどがこれから大きく成長していくであろうことは理解しています。ただ、ウチはそういったことがS耐でやれていたりしますし、いろいろなカテゴリーでそういった取り組みが自分たちなりにはやれているつもりでいますので、『F1に行かなければできない』ということが見つかれば別ですけれど、いまのところ我々の『クルマを鍛えたい』というスキームに対しては、いまのカテゴリーでやっていけるかなと思っています」