1周につき1秒程度差を縮められてはいたが、ペースに余裕はあった。リスクを冒してまでギャップを保つ必要はないと、残り周回数を計算しながら冷静にラップを刻み続けた。酷暑のコクピットで体は沸騰寸前だったが、気持ちと頭は冷たく保たれ続け、初勝利の瞬間が訪れた。
「金曜日の走り始めからクルマの調子が良く、スーパーソフトタイヤでも着いているんじゃないか? OTS(オーバーテイクシステム)を押してしまったんじゃないかと思ったくらい速かった(笑)。だから、口には出さなかったですが、今回は勝てるかもしれないという予感がありました」と平川。
表彰式と取材対応を終えようやくピット裏に戻って来た平川を、「おめでとう」と大駅が笑顔で迎えた。
「大駅さんはスピード感があって、躊躇しない。自分が迷っていると『こっちで行こう』と決めてくれて、それに納得することが多かったです」と平川が言えば、「フォーミュラで優勝なんてえらいひさしぶりです。平川が速いのは分かっていたから、僕は僕なりのやりかたでサポートしただけです」と大駅は謙遜した。
一方、データエンジニアという立場で勝利を支えた中村も、ハイタッチで平川を祝福した。
レースエンジニアとして優勝を味わえなかったことに悔しさを感じませんでしたか? というやや意地悪な質問に対しては、「う~ん、ちょっとはありますが、思っていたよりは少ない。嬉しい気持ちの方が大きいです」と、爽やかに笑った。
「今回のクルマは、去年もてぎで速かったクルマをSF19に合わせて微調整したものなので、去年一緒にクルマを作った中村さんに感謝していますし、今回もデータエンジニアとして縁の下から支えてくれました」と平川。
捉えかたによっては非情とも思えるインパルの配置転換は、最高の結果を得たことで誰もが納得できるものとなった。レースに携わる者にとって、勝利に勝る喜びはない。
しかし、チームのまとめ役でもある高橋紳一郎工場長は言う。
「今回はたまたまうまく行っただけです。残り2戦を見ないと。平川が得意な次の岡山で勝ってこそ、ようやく良い方向に行ったといえる。次も勝ってさらに自信をつければ、ドンと行きますよ。ドライバーもエンジニアも、やっぱり自信が一番大事だから」
昨年、星野一義監督は「平川にはウチをステップアップに使ってもらっていい」と、さらに上を目指して欲しいという気持ちを言葉にした。たしかに、1勝をあげるまでに相当な時間を要してしまった。
しかしまだ25歳。今回の勝利が転機となり、フォーミュラドライバーとして一気に花開く可能性もある。遅過ぎた1勝ではあるが、閉じかけていた門の隙間はふたたび広がった。そしてその先には、世界へと繋がる道が見えている。