野尻が言うように、ARTA NSX-GTは土曜日朝の走り始めから一貫して速かった。王座を争うライバルとのサクセスウエイト差を鑑みても、優勝候補と思わせるスピードがあり、今季初勝利を手にした前戦オートポリスからの良い流れをしっかり保っているようにも見えた。しかし、そのオートポリスでは野尻とエンジニアのライアン・ディングル氏が激しく議論する姿を目撃したという証言もある。
「そうですね。結構ぶつかってはいます。エンジニアさんとしての考え方もあるし、ドライバーとしてのクルマの考え方もあるので。なかなか折り合いがつかず、そうなってしまうときはやっぱりあります」と、野尻はそれが一度きりではなく、昨シーズンから論戦が続いていることを認める。
「スーパーフォーミュラでもライアンは僕の隣でやっているし、彼の考え方やクセは分かります。それが予選では良い方向に進むときが多いけど、決勝になると『それは辻褄が合わないんじゃない?』というところも出てきたりするので、双方が納得できるまで徹底的に話し合うようにしています」
スーパーフォーミュラでも同様だが、近年野尻はチームのエースとして覚悟を持ってクルマづくりに取り組んでいる。以前は、納得できなくても最終的にはエンジニアの考えを尊重し引いていたというが、いまは「ダメなら自分が責任を取る」と、エンジニアリング面においても自分の意見を強く主張するようになったという。
「土曜日の予選後も、決勝のセッティングを決めるのに夜の7時くらいまでかかってしまい、そこからメカさんは仕事を始めたので結構大変だったと思います。そして、決勝前のウォームアップの後にもスプリングを組み換えてもらいました。このままではダメだと、僕も仁嶺も思ったので。ただし、そうしてもらった以上はちゃんと結果を残さなければならないし、自分自身を厳しく見つめる必要もあります」
野尻の言葉の断片をピックアップすると、やや高圧的に仕事を進めているように感じるかもしれないが、実際はそうではなく、エンジニアもまた自分の考え方を強く主張し、妥協することなく徹底的に議論しているのだ。
レース終了後、撤収作業を進めながらディングルエンジニアは「日本人は遠慮をするほうだと思いますけど、僕も本当はそっち系なんです」と笑った。
「議論して相手に何か強く言われると少しへこむし、去年からそういったことがちょっとありすぎたとも思うけど(笑)、それを越えていくことが大事だと思います。チームになるためにはお互いを深く理解する必要があるし、それには少し時間がかかります。でも、僕たちは良い方向に向かっているし、これからさらに強くなれると思う。あっ、野尻が帰ってきた! ちょっと声をかけてきます」
多くの取材を終えようやくピットに戻ってきた野尻のもとにディングルエンジニアが駆け寄り、ふたりは爽やかな笑顔でかたく抱きあった。
「僕らには、もうちょっと先があると思っています」という野尻の言葉は、相手を信頼し、コンビネーションのさらなる深化を確信しているからこそ。
「次の富士は、今年の2戦目のときも調子が良かったのであまり心配していません。予選でしっかり前に並ぶことが一番重要なので、まずはそこをしっかり考えて臨みたい。決勝についてもある程度データはあるし、ライアンと考えを共有しながらクルマを作りあげれば、大丈夫だと思います」
今回の優勝、そしてシリーズリーダーであるSTANLEY NSX-GTが今回ノーポイントに終わったことで、ARTA NSX-GTは一気に5ポイント差のランキング2位に浮上した。自力でのタイトル獲得が可能なのはこの2チームの選手たちに絞られたかたちだが、それでも可能性は依然6チームの選手に残されている。上位3台のNSX-GT、すなわちSTANLEY、ARTA、Astemoは過去にチームとして富士での充分な実績があり、タイヤ選択を除けば大きくセッティングを外すとは考えにくい。
また、昨年は富士を『狩り場』としていたGRスープラ勢も、ラストチャンスを狙っている。昨年の最終戦でKeePer TOM’S GR Supraを襲った悲劇が、現状で燃費面のアドバンテージがあるとはいえ、NSX勢にも起きないとは限らない。そして今回、魂の入った走りが残念ながら結果には結びつかなかったカルソニック IMPUL GT-Rも、タイトル争い以上にシーズン2勝目を意識した戦いを仕掛けてくるはずだ。
2週間のインターバルでクルマをどこまで仕上げることができるか? エンジニアにとっても、メカニックにとっても、そしてもちろんドライバーにとっても、眠れぬ初冬の夜がしばらく続く。
※この記事は本誌『オートスポーツ』No.1564(2021年11月12日発売号)からの転載です。

