ドゥカティ・チームはドゥカティのファクトリーチームで、1970年代のロードレース世界選手権参戦からの休止を経て、2003年に復帰を果たした。2003年はロリス・カピロッシとトロイ・ベイリスのライダーラインアップで挑み、コンストラクターズランキングで2位、チームランキングでは3位につけて上々のシーズンを送った。
2007年にはその前年にMotoGPクラスデビューを飾ったケーシー・ストーナーが加入。ドゥカティでの最初のシーズンで18戦中10勝を含む14度の表彰台を獲得し、チャンピオンに輝いた。このシーズン、ドゥカティはコンストラクター、チームタイトルも獲得し、3冠を達成している。ロードレースの最高峰、MotoGPクラスに復帰してから5年で、3つの部門で頂点に立った。
2009年シーズンはエースのストーナーが体調不良により、5戦の欠場を余儀なくされる。翌年もヤマハとホンダの後塵を拝する状況が続いた。2011年にはストーナーがホンダへ移籍し、バレンティーノ・ロッシが加入。世界的大スターであり、すでに最高峰クラスで7度のタイトルを獲得しているイタリア人ライダーと、イタリアンメーカーであるドゥカティのタッグは大きく注目を集めた。
しかし、このパートナーシップは、結果的に双方にとって思うようにいかなかった、と言っていいだろう。ロッシはドゥカティでの優勝はならず、2013年には再びヤマハへと移籍していった。
この時期、ドゥカティは厳しい状況にあった。そんななか、2012年には現在もスポーティング・ディレクターを務めるパオロ・チャバッティが、2014年には、ドゥカティのMotoGPチームを運営するドゥカティ・コルセにジジ・ダリーニャがドゥカティのMotoGPプロジェクトに加わった。さらに2012年シーズンをもって現役を引退したケーシー・ストーナーが2016年からテストライダーに起用されるなど、てこ入れが行われた。マシンとしても、2015年ごろにウイングレットが登場する。現在ではレギュレーションにより禁止されているが、今や主流となった空力デバイスにつながる源泉と言ってもよいだろう。
しばらく勝利から離れていたドゥカティ・チームだが、2016年、アンドレア・イアンノーネが第10戦オーストリアGPで優勝。6年ぶりにドゥカティが表彰台の頂点に立った。このレースではアンドレア・ドヴィツィオーゾが2位に入り、ワン・ツーフィニッシュを達成。そのドヴィツィオーゾも第17戦マレーシアGPで優勝を飾る。以降、次第にホンダやヤマハと肩を並べて争うまでになっていった。
2016年限りでコンセッション(優遇措置)から外れたドゥカティは、ドヴィツィオーゾとホルヘ・ロレンソの布陣で挑んだ2018年シーズンにはライダー、コンストラクター、チームの3部門でランキング2位を獲得。2019年も同様に3部門でランキング2位、ライダーランキングに至っては、2013年から同チームに所属して貢献し続けるドヴィツィオーゾが3年連続でランキング2位を獲得。2020年も前年同様に、ドヴィツィオーゾとダニロ・ペトルッチのライダーラインアップで挑むことになる。
なお、2020年も引き続き同チームのタイトルスポンサーはフィリップモリス・インターナショナルが務めているが、タバコメーカーのプロジェクト名『ミッション・ウイノウ』は登録チーム名に付されることなく、マシンやライダーのレーシングスーツなどのロゴで見られるのみとなっている。
(TEXT:Eri Ito)