ムジェロで行われたMotoGP第7戦イタリアGPのスプリントでは、トップ8をドゥカティとアプリリアのイタリア製のマシンが独占。まさにイタリア勢の強さを示す結果だった。9位にはオーストリアのKTMが入り、日本メーカーの最上位は10位のホンダだった。また、長年ホンダと覇を競い合ったヤマハも12位に入るのが精一杯だった。
長年最高峰クラスを支配してきた日本メーカーは、ここ数年他国のメーカーに対して明らかに後れを取っている。では、この新たな勢力図はどのように生まれたのか。元WGPライダーであり、バレンティーノ・ロッシのコーチも務めたルカ・カダローラと、アプリリアやホンダで経験を積んだエンジニアのジュリオ・ベルナルデーレがその背景を語った。
◆日本メーカーを見てきたカダローラ「彼らは栄光にあぐらをかいていた」
ホンダ、ヤマハ、スズキ。日本メーカーは1970年代半ばから2005年まで、最高峰クラスを支配してきた。しかし、この20年でドゥカティが強力なライバルとなり、2020年以降は日本メーカーがコンストラクターズタイトルから遠ざかっている。
イタリア勢が苦しんでいた時代を経験し、かつて最高峰クラスで日本メーカーに挑んだイタリアメーカー、火事場の奮闘を見てきた者にとって、現在のような成功は想像もできないものだ。
まず、この状況を個人的にどう受け止めているのか。カダローラは、率直に「うれしいし、見ていて気持ちがいい」と語った。
カダローラは、日本メーカーと長く仕事をしてきた人物である。当時の日本メーカーは最強だった。しかし、ここ数年はドゥカティ、そして今ではアプリリアのパフォーマンスにも後れを取っている。
「ここ数年、日本勢に出番がない状況を見ると、とても印象深い。彼らはドゥカティのパフォーマンスに圧倒され、今ではアプリリアにもやられている。アプリリアは、ドゥカティに匹敵し、場合によっては上回る競争力を示すところまで来ている」
カダローラは、MotoGPのレジェンドであるバレンティーノ・ロッシのコーチを務めていた2016年のことを思い出すという。当時ロッシはヤマハに所属し、チャンピオンシップを争っていた。ヤマハのスタッフが夕方6時にホテルへ戻る一方で、ドゥカティのスタッフは夜11時になるまでホテルに戻ってこなかった。ピットでの作業を終えて、まっすぐホテルへ戻ってきていたからだ。
当時は、技術者たちが何時にホテルへ戻ってくるかで、仕事への取り組み方が見えていたという。
「私はそのとき、『こいつらはすぐに我々を打ち負かすぞ』と言っていた。栄光にあぐらをかいている者は、いずれ追いつかれる。そして、それが実際に起きた」
同じホテルに泊まることも多かったため、その違いははっきり見えていた。カダローラは、日本勢も今では夜11時にホテルへ戻るほど働いていることを願うとしながらも、「そうかどうかは分からない」と語った。
◆ベルナルデーレが語る日本メーカーとイタリアメーカーのアプローチの違い
ベルナルデーレも、イタリア勢の歩みを特別な感情で見ている。
「私は今でも、ロマンチックな意味でアプリリアと結びついている。世界選手権での私のデビューチームだからだ」
ベルナルデーレはキャリアの半分をアプリリアで、もう半分をホンダで過ごした。日本メーカーで働いたことで、彼はその違いを理解したという。
「日本勢には、当時は成功していたアプローチがあった。なぜなら当時は、技術規則が非常に安定していて、シーズン中のアップデートも少なかったからだ」
日本メーカーには研究開発部門から来た大規模なエンジニア集団があり、ヨーロッパ勢にはない技術を持っていた。しかし現在、その環境は大きく変わった。
ベルナルデーレは、1990年代初頭のアプリリアで元技術責任者のヤン・ヴィッテフェーンがもたらしたアプローチを高く評価している。その手法が、レースの世界における技術活動の方法論を生み出し、イタリアに質的な飛躍をもたらしたという。
「ドゥカティも、ほぼ同じような方法論で仕事をしている。F1でイギリスを中心に技術者やチームが集まり、独自の開発文化を築いていったのと少し似ている」
現在、イタリア勢が基準になっているのは、技術開発の文化と、正しいアプローチを持っているからだとベルナルデーレは見る。一方で、日本メーカーは優秀であることに変わりはないが、明らかに対応が遅く、近年続いているレギュレーション変更を解釈するための時間をうまく使えていないという。
「何より、彼らはイノベーションについていけていない。ライドハイトデバイス、空力。彼らは遅れを取った」
◆新技術への対応で生まれた差 日本メーカーのメンタリティも一因か
この点については、カダローラも同意する。
「彼らは完全に対応が遅れた。こうした新しい技術はいずれ規制されるだろうと考えていたからだ」
その結果、空力によってバイクがどう機能するのかを理解するまで、少なくとも2年を要したという。また、ベルナルデーレは、さらに象徴的な事実を挙げた。
「日本メーカーがMotoGPに持ち込んだ最後の本当のイノベーションを考えてみると、それは2011年のシームレスギヤボックスだった。もう15年も前の話だ」
ドゥカティ・コルセのゼネラルマネージャーであるルイジ・ダッリーニャも、最近ミラノで行われたイベントで同様の点を強調していた。彼は、技術者には“エンジニアリングに貸し出された法律家”のような姿勢が必要だと語っていた。レギュレーションのグレーゾーンを探り、新しい解決策を生み出す必要があるということだ。
そして、これは日本メーカーのメンタリティとは必ずしも一致しない。カダローラは最後に、こう締めくくっている。
「もちろんだ。彼らに制限を与えれば、その1メートル手前で止まる。他の者たちは、その制限のぎりぎりまで攻めている。そして、今はそれをしなければ決して勝利に届かない」
なお、このテーマはMoto.itの番組『DopoGP』で、イタリアGPを振り返るなかで取り上げられたものだ。『DopoGP』では、レース結果だけでなく、技術面やメーカー間の勢力図、MotoGPを取り巻く背景についても掘り下げている。

