1967年のグランプリシーズンは、ホンダにとって最後のシーズンとなり、復帰は10年以上後のことになる。最後のシーズンでホンダは250ccと350ccのタイトルを獲得したが、500ccのタイトルはライダーとエンジニアの手をすり抜けてしまった。ヘイルウッドはMVアグスタのジャコモ・アゴスチーニと同ポイントでシーズンをフィニッシュしたが、ポイントシステムによってタイトルはアゴスチーニに与えられたのだ。

 1968年以降、ホンダはバイク・グランプリレースから撤退し、F1世界選手権に集中することになった。ホンダの最初のF1マシンのエンジンは、偉大な6気筒250ccと他のマシンを担当したエンジニアが設計している。

 1960年代がホンダとバイクレースにとって非常に特別な時代であったことは間違いない。4ストロークと2ストロークが覇権を争い、このスポーツでこれ以前も以後も見られていないようなテクノロジー競争を引き起こしたのだ。

 エンジニアとライダーは勝利を賭けて戦うために、ファクトリーとレーストラックで限界まで追い込まれた。こうした競争に関与していた人々は、1960年代は黄金時代で、不可能なことは何もないように思えたと記憶している。結局のところ、人間は月に向かうところだったのだから!

 ホンダは1979年にグランプリレースに復帰し、1983年の最高峰クラス世界選手権で初のライダーズタイトルを獲得した。2001年、ホンダは500回のグランプリ優勝を成し遂げた初のマニュファクチャラーとなった。現在では合計800勝を超えており、133回のライダーズおよびコンストラクターズ世界タイトルを獲得している。

 それにはMotoGPにおける過去4年連続のライダーズおよびコンストラクターズタイトルが含まれている。それはマルク・マルケス(レプソル・ホンダRC213V)によるもので、彼はホンダにとって最も成功した最高峰クラスのライダーになったのだ。

1967年:ホンダRC166
1967年:ホンダRC166

1967年:ホンダRC181
1967年:ホンダRC181

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