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F1 ニュース

投稿日: 2021.12.19 14:33
更新日: 2021.12.23 10:50

【中野信治のF1分析/第22戦:前編】小さな奇跡と諦めない執念が手繰り寄せた大きな奇跡。F1史に語り継がれるふたりの戦い

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F1 | 【中野信治のF1分析/第22戦:前編】小さな奇跡と諦めない執念が手繰り寄せた大きな奇跡。F1史に語り継がれるふたりの戦い

 フェルスタッペンとハミルトンの息詰まるチャンピオン争いに、期待の角田裕毅選手のF1デビューシーズンと話題の多い今シーズンのF1を、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点でお届けします。まだまだ興奮が収まらない2021年のF1最終戦第22戦アブダビGP。ファイナルラップでのF1史に残る大逆転劇に角田裕毅の活躍。今回は前編のチャンピオン争い、そして後編のホンダと角田裕毅についての2回に渡ってお届けします。まずはフェルスタッペンとハミルトンのチャンピオン争い。グランプリウイークの金曜から、詳細に中野氏が解説します。

  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 2021年のF1最終戦となったアブダビGP、マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)とルイス・ハミルトン(メルセデス)のチャンピオン争いは今シーズンのF1を象徴するように、モータースポーツの枠組みを越えていろいろ考えを改めさせられ、本当にいいものを見させてもらいました。とにかくいろいろな出来事が起こりすぎて、どこからお話をすればという状況ですが(苦笑)、まずは金曜日と土曜日から振り返りたいと思います。

 まずは金曜のフリー走行のタイムの出方を見るとクルマ的にメルセデスの方が若干ですが楽にタイムを出せているようで、チャンピオン争いは、メルセデスに有利なのかなという印象を受けました。改修されたアブダビのコースレイアウトもメルセデス向きになっているように感じましたが、レースペースのロングランに関してはレッドブル・ホンダもそこまで悪くはなさそうでした。

 そして予選ではQ2がポイントになりました。フェルスタッペンがミディアムタイヤで1回目のアタックを終えたあと、1コーナーでブレーキをロックさせてしまい、スタートタイヤとなるはずだったミディアムにフラットスポットを作ってしまいました。その後、ソフトタイヤでタイムを更新してスタートはソフトタイヤになったわけですが、あのブレーキロックはミスではなく、あえてやったのではいか、メルセデス側に対するひとつの戦略ではないかという話もあります。

 もちろん、正解は分かりませんが、アブダビGPのヤス・マリーナ・サーキットのターン1はブレーキは強く踏みますが、フラットスポットを作るほど強くブレーキを踏み込むコーナーではないはずなので、ターン1でフェルスタッペンがあんなミスをするのかなと疑問に思いました。

 一方のハミルトンは順当にQ2ではミディアムタイヤでタイムを残しました。当然、普通に考えれば、決勝のスタートはミディアムタイヤの方が有利だと思います。ガソリンが重い状態でのソフトタイヤ装着は、どうしてもタイヤの表面が動いてしまうので、タイヤマネジメントが非常に難しくなります。スタートからペースを上げて走れば、もっとタイヤマネジメントは厳しくなります。

 実際、フェルスタッペンのリヤタイヤはスタートから10周前後で厳しくなってしまいました。ソフトタイヤでのスタートでは、あのような状態になることは何となく予想できていたと思います。ただ、レース当日のピレリからの発表では、ミディアムとソフトはそこまで差がないのではないかという内容のリリースを発表していて『本当かな!?』と情報が交錯していました。ピレリの見方ならソフトタイヤでのスタートもありなのかなという感じでしたが、実際には違いましたね。

 予選に話を戻しまして、Q3ではセルジオ・ペレス(レッドブル・ホンダ)のトウ(スリップストリーム)のサポートもあり、フェルスタッペンがポールポジションを獲得しました。予選の一発に関しては、やはりフェルスタッペンはすごいとしか言えません。2番手とのハミルトンとの差は0.38秒差でしたが、データを見るとストレートも結構速く、ペレスのトウを使った分で0.2秒とまではいかないにしても、0.18秒くらいを稼いでいます。そこから先のセクター3ではクルマのポテンシャルを絞り出しているといいますか、フェルスタッペンの技やキレでタイムをひねり出していました。

 予選でのレッドブル、メルセデスのクルマを比較すると、フェルスタッペンはタイムをどこで稼いでいるかというと2本のストレートです。ペレスのトウを使った場所だけでなく、トウを使っていないもう1本のストレートでもスピードが速かったので、レッドブル・ホンダはメルセデスに比べてローダウンフォース仕様で臨んでいました。

 そのローダウンフォース仕様のクルマを乗りこなしていたのがフェルスタッペンですが、ダウンフォースの少ないクルマであそこまでマシンをコントロールしきる能力に、改めてすごいなと思いました。ただ、ローダウンフォース仕様だとレースは厳しくなるだろうとも思いました。ダウンフォースが少ない分、レースではやはりタイヤには厳しくなります。

 そして決勝ですが、当然、2番手のハミルトンがミディアムタイヤであることからも、ソフトタイヤスタートのフェルスタッペンは序盤にギャップを作りたかったはずです。ですがスタートではハミルトンが見事なスタートでフェルスタッペンはトップを奪われてしまいました。

 フェルスタッペンのあのスタートを見ると『フェルスタッペンも緊張するんだな』ということしかなかったです。動き出しは良かったのですが、力が入ってしまったとしか思えないホイールスピンでした。対してハミルトンはすごく落ち着いていて素晴らしかったです。ハミルトンはレース前のグリッドでの表情を見ていても、スタートを狙っているなということが伝わってきました。

 対してフェルスタッペンは、当然、初めてのチャンピオン争いで、しかも同点で迎えた最終戦なので緊張しないわけがありません。本人は緊張を出さないようにしていますが、あのスタートが単純に分かりやすい証明です。外からは分からないですがプレッシャーを感じていて、明らかなミスでしたね。完全にアクセルを踏みすぎてしまい、1速でも2速でもホイールスピンが大きかった。フェルスタッペンはハミルトンよりもグリップの高いソフトタイヤだったので、普通ならスタートは有利なはずですが、それでもミスをしてしまったというのは、やはりプレッシャーから来ているものだと思いました。

 そしてあの瞬間、フェルスタッペンにとってチャンピオンへの暗雲が立ち込めたのも事実です。このサーキットはレイアウトが変わり、ほぼすべてのコーナーの通過速度が上がりました。そのコース改修もあって、前車の真後ろついて走るクルマはダウンフォースを失ってタイヤを滑らせてしまうので、当然タイヤの持ちは悪くなってデグラデーションが大きくなり、どんどん厳しい状況に追い込まれてしまいます。あのスタートの瞬間、レッドブルは本当に追い込まれたかたちになりました。

 逆にハミルトン側としては、クリーンエアのなかでのミディアムタイヤ装着なので、タイヤマネジメントの面に加え、簡単にはオーバーテイクされないという自信があったと思います。今シーズンのメルセデスは硬めのタイヤに自信があるので、スタートで前に出られればかなり有利な展開になるというのは当然、あったと思います。

 その後はフェルスタッペンも追いつきそうで少しずつ離されていく展開でした。レース序盤はハミルトンとフェルスタッペンはほぼ似たようなペースでしたが、やはり数周するとタイヤのデグラデーションの差が出てきて、そこからフェルスタッペンはどうしても追いつけなくなり、何とか追いつこうとして、あらゆる手を使って頑張ってはいたのですが、逆にそうすることによってタイヤをどんどんといじめてしまい、さらに差が開いていくという悪循環で、リヤタイヤもグレイニング(タイヤの表面がささくれて摩耗してグリップダウンを招く現象)が始まってしまいました。

 フェルスタッペンが先に最初のピットインをしましたが、ミディアムスタートでまだまだ走れるハミルトンもそれに合わせてきました。今年の戦い方としては一番それがシンプルで、クルマのスピードでは絶対に負けないという自信がメルセデスにあったと思うので、フェルスタッペンと同じ作戦を採っていれば安心です。あの状況でメルセデスが一番恐れているのは、ピットタイミングでフェルスタッペンにアンダーカットされて前に出られてしまうことだったので、その万が一の可能性までも断つためにも、フェルスタッペンの翌周にピットに入るしかありませんでした。あの状況を考えると王道の戦い方です。

 一方のレッドブルはペレスをステイアウトさせて、ピットアウト後のトップのハミルトンを抑えさせるという戦略を採りました。これは無線でも言っていたことなので、メルセデス側も分かっていたと思います。このレッドブルの1台だけではなくチームの2台で戦うというものも、今年を象徴するような戦略でした。これまではフェルスタッペン1台にメルセデス2台でやられるパターンが多かったですが、今回は逆でした。

 そして、ここではペレスがすばらしい仕事をしました。それまでのハミルトンとフェルスタッペンの差の9秒近くの差を、8秒近く縮めました。見方によっては少し汚いと思える場面もありましたが、ペレスはギリギリのところでペナルティを受けるようなブロックはしていなかったと思います。

 ハミルトンを抑えたブロック、そしてまた抜き返した場面は、まさにペレスのこれまでの経験と強心臓が成せる技でした。ペレスは約20周走ったソフトタイヤで、新品のハードタイヤに履き替えたばかりのハミルトンに1度抜かれましたが、また抜き返しましたが、あれはなかなかできることではありません。

 ある程度のリスクも伴いますし、敵チームとはいえチャンピオン争いをしているので下手なことはもちろんできません。対するハミルトンも、ここでぶつかるとタイトルを失ってしまうのでペレスに対して必要以上の無茶はできません。お互いの思惑が交錯しながらの、本当に見応えのあるギリギリのバトルでした。

 このバトルだけでなく、今回のアブダビGPはペレスの今シーズン最高の走りだったと思います。それまでのレース序盤でも、ペレスはフェルスタッペンに勝るとも劣らないラップタイムを刻んでいるシーンが多かった。フェルスタッペンからそれほど離されずに3番手を走行していたので、今回は本当に今シーズンベストに近い走り、チームを援護するという部分での戦いも含め、いい走りをしていたと思います。

2021年F1第22戦アブダビGP決勝レース
ハミルトンを必死で抑えるペレス。背後にフェルスタッペンが追いついた、F1シーンに残る名場面。

●ファイナルラップでのハミルトンとフェルスタッペン、ターン5での見事なオーバーテイクとその後の蛇行ブロック


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