ペンスキーは自身が人気のスポーツカー・シリーズ=Can-Am(カンナム)・シリーズなどで活躍するドライバーだったが、1965年でドライビングからキッパリ引退。シボレーのディーラーを始め、シボレーのワークスチームとしてコルべットを走らせ始めた。

 その後ペンスキー・レーシングはマーク・ダナヒューと共にCan-Amにローラ・シボレーで参戦してチャンピオンになり、ツーリングカーのトップ・シリーズだったTrans-Am(トランザム)シリーズにはシボレー・ワークスとしてカマロで参戦。

1972年インディ500/マーク・ダナヒューと記念撮影をするロジャー・ペンスキー

 1968年からインディカー・シリーズにも出場を始めた。初インディ500は翌1969年で、インディ500初優勝は1972年のダナヒュー。初チャンピオンは1977年にトム・スニーバが獲得した。

 ペンスキーのドライバーといえばダナヒュー。彼を中心にチームは作られ、F1グランプリにも1970年代にフルシーズンではなかったが挑戦した(ベスト・リザルトは1971年カナダGPでの3位)。ダナヒューは75年オーストリアGPのプラクティスでタイヤトラブルからクラッシュし他界。ペンスキーはF1から撤退した。

 インディカーでは1976年からの4シーズンに渡ってマリオ・アンドレッティもペンスキーでドライブ。78年から加わったリック・メアーズがダナヒューに続くエースへと成長していく。インディ500で彼はAJ・フォイトらと最多タイで並ぶ4勝をマークした。

 メアーズと同時代にボビー&アルのアンサー兄弟(年齢はメアーズより上)、ジョニー・ラザフォード、ダニー・サリバンらもペンスキーで活躍。90年には元F1チャンピオンのエマーソン・フィッティパルディが加入し、彼はインディ500で2勝を挙げた。

 1991年にはポール・トレイシーがペンスキー入り。94年からはアル・アンサーJr.もキャプテンのマシンで走り、インディ500で1勝(自身の2勝目)を挙げている。

 エリオ・カストロネベスがペンスキーで走るようになったのは2000年から。ウィル・パワーはカストロネベスが脱税疑惑をかけられて走れなかった2009年に代役としてチーム入りし、翌年にはレギュラーシートを獲得。2014年にはF1から帰って来たファン・パブロ・モントーヤを起用してインディ500を優勝。さらにパワーが2006年のサム・ホーニッシュJr.以来となるシリーズチャンピオンに輝いた。

 シモン・パジェノーは2015年にチーム入りし、翌2016年にはチャンピオンに輝く。ニューガーデンは今年からチーム・ペンスキーで走るようになった。

本日のレースクイーン

前田星奈まえだせな
2026年 / D1グランプリ
VALINO GIRLS
  • auto sport ch by autosport web

    SUPER GT PARADE LAP EP.2 Produced by autosport web

    禁断のGT500スワップ企画第2弾!
    ニッサンZのコクピットに坪井翔と野尻智紀が潜入

  • auto sport

    auto sport 2026年12月号 No.1626

    特集 GAME CHANGER
    一夜にしてカテゴリーの趨勢を塗り替えた
    名車・名プロジェクト

  • asweb shop

    鈴鹿1000km 50回大会記念
    メモリアルフォトブック


    1966年に始まった鈴鹿1000kmレースの歴史を、50回大会を記念して振り返るメモリアルブック

    3,000円