今年でF1日本グランプリ開催25回目を迎える鈴鹿サーキット。過去24回のレースの中からファンの投票により選ばれたベスト10レースを連載形式で紹介していきます。第7位は、鈴木亜久里がファンの目の前で日本人初表彰台を獲得した、1990年のレースです。

 1988年のF1日本グランプリで、体調不良のドライバーの代役としてラルースから急きょF1デビューを果たした鈴木亜久里。その時は予選20位から16位完走と、デビュー戦としてはまずまずの成績を収めた。

 翌年はザクスピードのレギュラードライバーとしてフル参戦を果たすが、戦闘力に劣るマシンに手こずり、一度も決勝に進出することなくシーズンを終えた。1990年は心機一転、ラルースに移籍すると実力を発揮。第8戦イギリスグランプリで自身初の6位入賞を経験、さらには第14戦スペイングランプリでも6位入賞を果たすなど、絶好調で第15戦日本グランプリを迎えた。

 予選を10位で終え、予選4位のジャン・アレジ(ティレル)が体を痛め決勝に出場しなかったため、9番グリッドからのスタートとなった亜久里。決勝レースでは、第1コーナー手前でダートに片輪を落としながらも豪快にオーバーテイクを決めるなど、多くの見せ場を作った。徐々に順位を上げ、35周目には3位浮上。サーキット中が興奮の渦に包まれた。

 日本人初表彰台をこの目で見ることができるかもしれない。ファンは亜久里に大きな声援を送った。その声援に応えるかのように亜久里は激走。ファステストラップを連発しながら後ろから迫るマシンを振り切った。

 ファイナルラップ、最終コーナーから亜久里が姿を見せると、サーキット中が大声援に包まれた。誰もが願った日本人初表彰台がファンの目の前で達成されたのだ。今でも語り継がれる亜久里の激走、そして日本人初表彰台。F1界での日本の地位を、確固たるものとした瞬間でもあった。

■F1日本グランプリ 語り継ぎたい24レース

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