F1グランプリを経験したドライバーの技量の高さは流石と言うべきだ。最近、そのことを確かめるチャンスが与えられて、改めて感心している。その舞台になるのがフォーミュラEだ。今年から始まった新しいFIAの選手権シリーズ。バッテリーとモーターだけで走る完全EVのフォーミュラカーによるレースだが、新しいモータースポーツの息吹を感じるカテゴリーとして、次第にファンを獲得しつつある。そのフォーミュラEが注目される理由のひとつは、世界中のあらゆるカテゴリーからドライバーが参加していること。そして、そこでF1経験者の実力が抜きん出ていることが確認出来るのである。

 フォーミュラEは先日、南米ウルグアイのプンタ・デル・エステで第3戦が開催された。そのレースに参戦したドライバーの名前を挙げてみよう。

 アントニオ・フェリックス・ダ・コスタ**
 サルバドール・デュラン
 マシュー・ブラバム
 ジャン-エリック・ベルニュ*
 ルーカス・ディ・グラッシ*
 ダニエル・アプト
 ネルソン・ピケJr.*
 アントニオ・ガルシア
 ジェローム・ダンブロジオ*
 オリオール・セルビア
 ニコラ・プロスト**
 セバスチャン・ブエミ*
 カルン・チャンドック*
 ブルーノ・セナ*
 ヤルノ・トゥルーリ*
 ミケーラ・セルッティ
 ニック・ハイドフェルド*
 ステファン・サラザン*
 ハイメ・アルグエルスアリ*
 サム・バード**

 名前の後ろに*印がひとつのドライバーは1戦でもF1グランプリの決勝レースを走ったことのあるドライバー、*印がふたつあるドライバーはテストでF1ドライブの経験がある。その他にはインディ、GP2、WEC等のドライバーがいるが、圧倒的にF1経験者が多い。20人のドライバーのうち実に14人ものドライバーがF1を経験しているのだ。第3戦には参戦しなかったが、それ以前の開幕戦、第2戦に参加したドライバーでF1ドライブの経験がある者は、

 佐藤琢磨*
 フランク・モンタニー*
 シャルル・ピック*
 ホーピン・タン**

 なんとも豪華な顔ぶれがフォーミュラEで戦っている。

 これだけのドライバーが競うフォーミュラEが面白くないはずはなく、毎戦激しい戦いが繰り広げられている。特に、ディ・グラッシ、ブエミ、ハイドフェルドあたりの攻防戦は強烈な激しさだ。そこに、第3戦プンタ・デル・エステではもうひとりのF1ドライバーが殴り込みをかけ、いきなりポールポジションを奪ってしまったからたまらない。ジャン-エリック・ベルニュだ。つい先日までF1に乗っていた経験を活かしてのフォーミュラE挑戦。レースではリタイアしたものの、常にトップグループを走る速さを見せて現役F1ドライバーの力を見せつけた。ただ、前半の俊足はバッテリーを酷使することになり、他車より1周早いピットインを強いられた。後半もトップを走るブエミを追いかけたが、壁に接触したのかサスペンションを壊している。

 そのベルニュ、フォーミュラEについてこう言う。

「F1と比べると出力も低いしスピードも低いが、レースとしては激しい争いがあって面白い。それに、バッテリーの使い方を間違うとレースには勝てない」

 こうしたトップドライバーの戦いが注目される中、レースを重ねるにつれて勢力図が固まりつつある。これはチームの体制、レースへの取り組みの差によるものかもしれない。というのは、例えばブエミの加入するe.ダムス・ルノーは、バッテリー、モーター、ギヤボックスといったパワーユニットのコントロールに関してルノーから全面的なサポートを得ており、最も効率的な性能を発揮出来るような開発が行われている。それはアウディ・アプトも同様で、彼らはアウディからの支援を受けてレースを戦う。1年目の今年はシャシーもパワーユニットもFEHの定めるワンメイクではあるが、それらのコンポーネンツをいかに使用するかで性能は大きく変わるはずだからだ。

「チームの力が成績に結びつく」と言うのは、ヴェンチュリのハイドフェルドだ。「フォーミュラEはドライバーの力だけでは勝てない。チームがどこまでクルマのことやレースのことを知っているかが成績に直接結びつく。幸い、我々のヴェンチュリ・チームはEVに関する知識の高い者が多く、またルノーからの価値あるアドバイスがあって毎レース改良がなされ、速さが増してきている。自動車メーカーの支援は非常に心強い。彼らにとってもこれからのクルマに重要な技術開発の場だと考えているのではないか」

 自動車メーカーのフォーミュラEチーム支援と言えば、我が国ではホンダが興味を持っていると言われる。鈴木亜久里率いるアムリン・アグリの参戦もあり、スーパーアグリF1などからの縁もある。シーズン2年目以降にパワーユニットが自由化された場合には、ぜひアムリン・アグリへ積極的な介入を果たしてもらいたい。ただ、開幕戦の行われた北京のレースに来場していたホンダ関係者の口からは、フォーミュラE参戦の確約は取れなかった。

 トヨタ同様にホンダもFCVに舵を切るとしても、モーターやシステムの性能向上は必須で、その先行開発にフォーミュラEを使用するとことは大いに価値のあることではないだろうか。そして、ホンダがフォーミュラEに取り組むことで、日本人ドライバーの参戦も期待出来るかもしれない。

 そうそう、フォーミュラEの取材をしていて一番寂しいのはそこに日本人ドライバーがいないからだ。まあ、フォーミュラEに限ったことではないが、欧米のレースには兎に角日本人ドライバーが少ない。これは、日本でレーシングドライバーという職業が成立していない証拠だろう。プロのレーシングドライバーは、カテゴリーを問わず世界中のレースを渡り歩いて活動する。ステファン・サラザンなどはその好例で、WEC、WRC、フォーミュラEと何でもござれだ。請われればどこにでもヘルメットひとつ持って飛んで行く。こうしたドライバーが日本には不在だ。海外のレースに参加するドライバーといえば、猫も杓子も“F1目指して”という大仰な目標を持っている。もちろんそれはそれでいいが、そろそろF1という呪縛から自らを解き放してはどうか? F1の前に、フォーミュラEのような歴戦の強者が戦う混沌とした舞台に身を投じ、自らの力を試してみるのはどうだろう。そこで連戦連勝できるようならF1への道も開けるかもしれない。しかし、10位や15位を低迷しているなら最初からF1なんて夢のまた夢。どこからもお呼びがかからなくなる前に、方向性を変えるぐらいの決断をすることも大切だ。

 さあ、現在のポジションに不満な人、オレにはもっと才能があると思っている人、兎に角日本を飛び出してみたいと思っている人、F1なんかクソッ食らえと思っている人、ちょっとフォーミュラEに来て戦ってみないか? しかし、覚悟して来ないと、甘い世界じゃないよ。ブエミ、ディ・グラッシ、ハイドフェルド……奴らをやっつけるのは相当に難しい仕事だ。それでもやってやろうという奴、一発自分を賭けてみるのもいいぜよ。

赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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