「コバヤシは才能あるドライバーだし、シートを失ったのはとても残念だと思う。しかし一度F1を離れてしまったドライバーが、復帰するのはきわめて難しい。すんなり戻ってこれるのは、シューマッハーやライコネンなど、ごく限られたチャンピオンだけだよ」
小林可夢偉選手のF1復帰の可能性について、ドイツの重鎮ジャーナリスト、ミハエル・シュミットは非常に否定的だった。彼によれば、今さかんにカムバックが取りざたされているルーベンス・バリチェロにしても、「ほぼ無理だろう」と言う。
「F1は新陳代謝がものすごく速い。若く速いドライバーが、次々に出てくる。代わりはいくらでも、いるということだよ。経験だけでは、十分じゃない。よほどの価値を認めない限り、一度去ったドライバーに声をかける必要性はない」
シュミットの言う「よほどの価値」とは、世界チャンピオンクラスの実力か、さもなければ莫大な持参金ということだ。さらに言えば、F1界の住人たちは実に忘れっぽい。なので常に、「自分は、ここにいるぞ」とアピールし続けなければ、すぐに忘れ去られてしまう。
可夢偉選手の場合も、「なぜコバヤシが、シートを失わなければならなかったんだ」「来季は、戻ってくるのか」などと、僕があちこちで質問されたのも、今年2月のオフテストまでだった。新たなシーズンが始まってしまうと、見事なほどに「コバヤシ」という名前は出なくなった。
今回話を訊いた各国のジャーナリストの中で、可夢偉選手が今季フェラーリからWECに参戦していることを知っている者は皆無であった。そして全員がシュミット同様、可夢偉選手の復帰に悲観的な意見だった。
「だからこそコバヤシは今年、なんとしてもF1の世界に残るべきだったね」と、ポルトガルのルイス・バスコンセロスは指摘する。「たとえ下位チームに移籍してでも、あるいはシミュレーター担当ドライバーだっていい。F1界の住人で居続けることに、全力を尽くすべきだったんだ」。
昨年までの可夢偉選手の走りを丹念にフォローしていた英国オートスポーツ誌のエド・ストローは、「そもそも残留に失敗したのは、十分な結果を残せなかったから」と言う。
「鈴鹿の3位表彰台は、素晴らしかった。しかしその後、最終戦までのパフォーマンスは、まったくいただけない。特に日本GP翌週の韓国での、ジェンソン(バトン)たちを巻き添えにしてのクラッシュ。あれですっかり、壊し屋の評価が定まってしまった。チーム首脳は、クルマを壊すドライバーを、何より嫌うからね」
ラジオフランスのジャーナリスト、パトリック・リバスも昨年までの可夢偉の走りを評価する人物だ。
「彼は忘れ難いドライバーだね。昨年の鈴鹿で3位表彰台に上がったことは、もちろんよく覚えてるよ。時にはクルマを壊したり、無理なアタックをしたりする。でもそれ以上に素晴らしい走りが、印象に残っている。世界チャンピオンの器ではないかもしれないが、彼のようなドライバーがいるからこそ、このスポーツは盛り上がるんであってね」
しかしそのリバスもまた、「可夢偉の復帰は難しい」と言う。
「可夢偉がシートを失ったのは、純粋にお金の問題だ。そして残念ながら、かなりの有力スポンサーを捕まえでもしない限り、来季以降の復帰も難しいと言わざるをえない。各チームの財政状態は決して良くなく、彼らは今まで以上に持参金付きドライバーを必要としてるからね。そして今のところ、どのチームからも可夢偉の名前は挙がっていない」
モンツァに来た際、可夢偉選手は「今でも、勝てるチームで復帰したいという気持ちは変わらない」と、同僚ジャーナリストに語っていた。その気持ちに変わりがなければ、候補となるチームはロータスしかない。それが実現すれば最高だし、水面下で必死の努力を続けているに違いない。しかし客観的に見れば、状況は非常に厳しいといわざるをえない。
あとに続く日本人が育っていないだけに、なおさら「F1に乗る可夢偉」をぜひ再び見たい。折しもF1は来季から、新パワーユニットを導入するなど、技術レギュレーションが激変する。つまり今年までのレース経験など、ほとんど役に立たなくなってしまうということだ。だからこそ来季が始まる前に、何としてもこの世界に戻ってくることが必要なのである。
柴田久仁夫
静岡県出身。現在フランス在住。ディレクターとして数々のテレビ番組を手がけた後、1987年よりF1ライターに転身。現在も各国のグランプリを飛び回り、「autosport」をはじめ様々な媒体に寄稿している。趣味はランニングとワイン。ブログ「ほほワインな日々(http://monsieurshibata.cocolog-nifty.com/)」もチェック
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