今宮雅子氏が描く、アメリカGPの焦点。週末を通じて雨に翻弄されたオースティン。レースは濡れた路面で始まり、レッドブルがメルセデスから首位を奪い取るシーンもあった。何度もトップが交代し、終盤は「インディ500のような」スプリントレースに。迷わずタイトルを決めにいったハミルトン、それを防げなかったロズベルグ、フェラーリ1年目ながら王座の可能性を信じていたベッテル。ハリケーンに振り回され、それでも最高のグランプリとなったサーキットの名優たちに、あらためて拍手を。

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 ルイス・ハミルトン、ダニエル・リカルド、ニコ・ロズベルグ、そしてハミルトン、ロズベルグ、ハミルトン──ロズベルグがポールポジションからスタートしたアメリカGPでは、6度にわたって首位が入れ替わった。もしレースが単調であったなら、あるいはハミルトンのタイトル獲得という祝祭がなければ、スタート直後の1コーナーは決定的で、レース後の大きな話題となったに違いない。

 スタートの瞬間に優れた加速を得たハミルトンは左のラインを維持、1コーナーに向かってロズベルグのイン側に並んだ。2台はサイド・バイ・サイドでコーナーにアプローチしたが、ロズベルグを驚かせたのは1コーナーの脱出でハミルトンがアウト側にスペースを残さず、コース幅いっぱいまで使ってきたこと。行き場を失ったカーナンバー6のメルセデスはコースを外れ、その間にリカルドとダニール・クビアトのレッドブル2台が先行してしまった。

 まるでデジャヴ、鈴鹿の2コーナーとまったく同じパターンだった。鈴鹿と同様に、ハミルトンは「故意ではない」とピットに伝えたかもしれない。アンダーステアだと説明したかもしれないが、ハミルトンほどのドライバーが、前が開けた状態で、スタート直後の1コーナーをうまく回れないわけはない。悪気はなかったとして、自分が破綻するリスクはないと確信しての行為だ。悪気なく、その行為が可能なのは、それがハミルトンの“本性”だから。
 ロズベルグの場合、本性ではない強引な態度で抵抗しようとすると、無為に自らのマシンまで傷めてしまう。2014年のスパ・フランコルシャン、レ・コンブの接触でフロントウイングを壊したときのように。

 鈴鹿でもオースティンでも、ハミルトンがスペースを残さないことによって、ロズベルグは他チームのマシンにも先行されてしまったのだから、メルセデスとして100%許容できるわけではなかった。今回は2度目。序盤のバーチャルセーフティカーのあと、レッドブル2台を抜いて2番手まで挽回したロズベルグに「タイヤに集中して。でも、仕掛けていい」とエンジニアが伝えたのは、チームの意思だったに違いない。しかし最初のタイヤ交換で首位を奪回し、第2スティントの中盤には12秒ものリードを築いていたロズベルグには、27周目のセーフティカー出動が不運に働いた。38周目のバーチャルセーフティカー導入時にピットインしたのも、その後のレースが順調であれば正解だったはずだ。ステイアウトしたハミルトンは残り1ストップぶんのマージンを築くどころか、ロズベルグに追い上げられていたのだから。しかし43周目、ダニール・クビアトのクラッシュによって出動したセーフティカーは、ハミルトンに“ほとんど無償”でタイヤ交換するチャンスを与えてしまった。

 アメリカGPでタイトルを決めるというハミルトンの固い意志は、波乱のレースでも揺らぐことがなかった。予選でロズベルグに敗北しても、スタート直後に強引に首位を奪った。第1スティントのインターミディエイトに苦労して4番手までポジションを落としたあと、第2スティント前半にロズベルグを12秒も先行させたのは、不思議なペース。セーフティカー後に首位ロズベルグを追いつめた様子を見ると、単純にセーフティカーの幸運に助けられたのではなく、何も起こらなくてもスティント後半に挽回する計算をしたペース配分だったのだろう。その余力が38周目のステイアウトにもつながり、最終的には、ロズベルグより5周“若い”タイヤで最後の10周へと挑むベースとなった。

 タイトルを目指して、最後の10周はスプリントレース。まるでインディ500のような展開だった。3戦を残して、オースティンで無理をする必要はなかった。しかしハミルトンは「“いまだ!”という感覚に従った」と言う。その匂いさえ感じるほど、チャンスは近くにあった。獲りにいかない理由などなかったと説明した。

「OK、残りは10周ある。タイトルはすぐそこだ。どうやって手に入れよう? そこで僕は、これまでの経験から得たもの、学んできたこと、自分が築いてきたこと、すべてを集中してニコとの勝負に向かった」

 48周目のロズベルグのコースオフはあっけない幕切れであったけれど、“ハミルトンのプレッシャーにニコが負けた”というより、スタートからゴールまで、運も不運も含めて、レースのすべてをハミルトンが掌握していたうえでの結末だった。

「何度もギリギリの判断を迫られ、おそらく、我々の選択もすべて正解ではなかっただろう」と、波乱のレースの難しさを語ったトト・ウォルフは、こう続けた。
「しかし最終的に、ルイスはワールドチャンピオンの運を自分の側につけていた。今シーズンの彼のように走ってこそ、手に入れることができる“運”だ」

 今シーズンのハミルトンの強さは、きっとそこにある。ミックスウェザーのイギリスGP、タイヤ交換の完璧なタイミングを“嗅ぎ取った”レースも典型的だった。3度目のタイトルを実現し「信じれば夢は叶う」と強調したが、自分を信じるために思考も五感も集中することによって、きっと、正しい道が明確に見えているのだ。

 セバスチャン・ベッテルも、わずかな可能性を信じて最後まで戦った。27周目のセーフティカーでミディアムに履き替えたのも果敢な選択。レース後半を1セットのタイヤで走り切る作戦は、42周目のターン12でロズベルグにオーバーテイクされ、43周目に2度目のセーフティカーが出動したところで変更を余儀なくされたが、最後の5周はニコを追い上げ、0.5秒差まで迫ったところでゴールした。

 パルクフェルメでの悔しそうな表情は、フェラーリのマウリツィオ・アリバベーネ代表さえ「宝くじに当たるくらいの運、奇跡が必要」と冷静に表現したタイトルの可能性を、ベッテルが熱いハートで信じてきたことを証明した。

「自分がもうタイトル争いから外れてしまったと思うと、さみしい。13番手スタートから、3位まで挽回できた満足感と、さみしさは半々だ」

 フェラーリで走る1年目。赤いスーツでタイトルを手にしたことはまだないのに、こんな喪失感を口にする。

 可能性に賭けたのはレッドブルも同じだ。セミウエットの第1スティントは、まずクビアトが、次にリカルドがハミルトンを攻撃し、15周目のターン17〜ターン18ではイン側のラインを選んだリカルドがメルセデスと並走してトップに立った。路面が乾いた第2スティント以降はブレーキにもドライタイヤにも悩み、最後はクビアトがクラッシュするという散々な結果ではあったけれど、データがなかったからこそトライした賭けは、オースティンのレースを、こんなに華やかにした。重苦しい話題に包まれたレッドブルで、たとえ1スティントでもドライバーたちが自由に走る姿は、みんなの心を明るくした。

 一方で、バーチャルセーフティカーやセーフティカーのタイミングを忠実に活かして、4位入賞を果たしたのはマックス・フェルスタッペン。最後尾からスタートして3ストップ作戦を敢行、7位入賞を果たしたのはカルロス・サインツJr.。難しいコンディションのなか、トロロッソのふたりは作戦とコーナーの速さで差をつけた。ドライ路面のオースティンはフェルスタッペンが昨年のFP1を走ったのみで、サインツにとってはレースの第2スティントが初めての挑戦。ファンが感じる以上に、ドライバーたち本人にとってフレッシュなレースで、トロロッソは今季ベストの結果を残した。

 そして、最高のグランプリにした功労者は、大雨にも負けないで声援を送り続けた人たち。その大らかさに、世界中のF1ファンの心が感謝でいっぱいになった。

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