今宮雅子氏が描く、日本グランプリの焦点。ファンと一体になった“大きなチーム”で戦う週末、だからこそ不甲斐ない現状がもどかしかった。ポールポジションを逃しても冴え渡っていたハミルトン。苦境のなかチームプレーで“勝利”したロータス。今日のF1で勝負するための戦い方とは。
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青空の下、笑顔があふれる日本GPを取り戻したい。みんなの願いが通じて、雨の金曜、曇りの土曜、晴天の日曜……と、鈴鹿の天気はためらいながらもレースに向かって好転していった。ドライコンディションのデータ不足のまま迎えた、予選やレースはチームにとって簡単ではなかった。そしてルイス・ハミルトンが1周目の3コーナーまでに主導権を握ったレース内容は少し単調ではあったものの「昨年のレース後を思い出すと、こうして無事にグランプリが終了したことが何より」と、誰もが幸福を噛みしめた。ゴール後には鈴鹿恒例のリプレイ映像で、もう一度レースを楽しむファンもたくさんいる。
日曜の観客数は8万1000人──史上最高の16万1000人が集まった2006年に比べると半数ではあるものの、ドライバーたちの目にファンの存在感は十分。ホテルからサーキットまでの短い移動でも、レストランでも、雨に見舞われたフリー走行でも、熱い応援が伝わってくるから、日本GPの週末は常に大きなサポートの力を感じる。いまでは名物になったオリジナルの応援スタイルも、F1関係者全員にとって大きな楽しみのひとつ。「今年はノーズをつけてるファンを見た──あのノーズから僕らのほうがアイデアをゲットできるかも」と言ってジェンソン・バトンが笑う。
「DRSはもちろん、コンプリートな1台を作ってくれたファンもいるよね。あ、サイズは実物大じゃないけど」
引退報道には辟易していても、鈴鹿の楽しみを話しはじめると笑顔が絶えない。優れた視力のドライバーたちは、映像や写真で紹介されているより、ずっと多くの応援スタイルに気づいていて、新たな発見をうれしそうに報告し合っている。忙しいスケジュールのなかでもファンの存在が温かく心を和ませ、頑張ろうという気力をさらに高めてくれるのだ。
マクラーレン・ホンダは誰もが苦戦を予想していた。それでも、たとえ上位争いが叶わなくとも、全力を注いでファンの声援に応えたい気持ちは他のどのグランプリよりも強かった。ふたりのドライバーにとって、鈴鹿はファンと一体になった“大きなチーム”で戦う週末なのだ。
だからこそ、コーナーでどんなに頑張っても、ストレートでなすすべもなく抜かれてしまうレースはつらかった。フェルナンド・アロンソにとって11位という結果はハンガリーGPの5位、イギリスGPの10位に次ぐシーズン3番目の成績。でも結果を勝ち取った気持ちより、レースを失った気持ちがはるかに強い。ブレーキングよりずっと手前でオーバーテイクされてしまうとき、一緒に戦っているファンも自分と同じように感じていると思うと切ない。
アロンソもバトンも、ホンダのエンジニアたちが必死で仕事を続けていることは十分に理解している。冬のテストやシーズン序盤のレース現場では経験不足ゆえのミスも目立ったが、若いエンジニアやメカニックたちがどんどん吸収していくスピードは目覚ましく、その進歩を目にするのは楽しい要素でもある。一方で、それでも性能が伸びていかないのだから、ブレイクスルーを可能にする大きな変革が必要だ。上層部が組織全体の考え方を見直さなければ、手遅れになってしまう──ホンダは、他メーカーよりずっと高い進化スピードを実現しないと追いつけない状態なのだから。
メルセデスが圧倒的に強いのは、パワーユニットという新技術の輪郭が決まるよりずっと以前から、車体側とパワーユニット側で協議を繰り返し、新しいF1の「トレードオフ」をどこに設定すべきか、正確に見きわめてきたからだ。空力は変わらず速さを左右する要素でも、パワーユニットのボリュームや冷却のために譲ったほうがラップタイムを速くできるケースもある。ダウンフォースは燃料のエネルギーを消耗する抵抗にもなる。その前提に立ったうえで、優れた効率の空力性能を実現する新たなアイデアを探求していく。フェラーリが大きな進化を遂げたのも、2014年のアプローチを大幅に見直し、エンジン技術者たちが勇気ある決断を行い、車体側が画期的な冷却方法を考え出したうえで空力性能も向上してきたからだ。両メーカーともドイツ、イタリアという国籍にこだわらず、基本言語を英語として、さまざまな国の頭脳を集結させている──それが今日のF1の戦い方であることを、トップ2メーカーは速さで証明している。ホンダの問題はMGU-Hの性能を向上するだけでは、おそらく解決しない。
2014年と2015年、パワーユニットの規則は同じでも、エネルギー回生の考え方は大きく進化した。MGU-Hはコーナリング中にもエネルギーを回収/供給し、MGU-Kは減速時だけでなく加速時にもエネルギーを回収する。
シンガポールの不振を払拭したメルセデスは、鈴鹿でフロントロウを取り戻した。「大好きなコースなのに毎年苦労してきた」鈴鹿で、ルイス・ハミルトンは今年もポールポジションを手に入れることができなかった。それでも彼が強いのは、絶対的な自信が頭を冴え渡らせているからだ。
土曜夜から日曜朝の雨によって再びラバーが流された路面。スタートの瞬間、2番手グリッドでも十分なグリップを得られるとわかると、アウト側のニコ・ロズベルグを牽制することなく、まっすぐなラインで加速することを優先した。イン側で1コーナーに入るラインは不利でも、ロズベルグの真横のポジションを維持することによってチームメイトから自由を奪った。そして2コーナーの出口では、まるでロズベルグがいないかのように、容赦なくアウトいっぱいまでコースを使った。接触を避けるため、グリーンにタイヤを落としたニコは4番手まで後退し、ふたりの勝負はS字に入る前に決着がついた。
ロズベルグの反応はスマートであったけれど、ここまでハミルトンが攻撃してくることを予測できなかったのは敗因。チームメイトと勝利を争うのではなく、バルテリ・ボッタスやセバスチャン・ベッテルからポジションを取り戻すための戦いになってしまった。
それでもボッタスのピットインに誘われることなく、4周長くステイアウトし、第2スティントのフレッシュタイヤでコース上のオーバーテイクに挑んだ作戦は見事。29周目にはタイヤに十分な余力を残した状態でピットインし、ベッテルをアンダーカットすることにも成功した。
もしも1周早くピットインしていたら……と、ベッテルは悔やんだが、ロズベルグが正確にフェラーリの2秒後方を走り続けたのはタイヤを守るため、そして「アンダーカットはさせない」とフェラーリに思い込ませるため。ハードタイヤを履いたアウトラップはロズベルグのほうが2秒速く、2台が同時にピットインしたとしてもアウトラップのシケイン入口でロズベルグがベッテルを捉えた可能性が高い。シンガポールのフェラーリがそうであったように、マシンが好調でタイヤ管理にも優れていれば、多彩な作戦が可能になる。
フォース・インディア対ロータスの勝負では、ニコ・ヒュルケンベルグが10周目のピットインで、ロータスの2台をアンダーカットすることに成功した。勝因はアウトラップの速さ──高いタイヤ内圧によるロータスの悩みは、ロマン・グロージャンもパストール・マルドナドも、ヒュルケンベルグより3秒遅いアウトラップを走っている点にも表れている。それでもロータスは7位と8位で完走したことによって、ヒュルケンベルグには負けても、フォース・インディアに勝った。マシンの到着が遅れ、ホスピタリティ設備も使えない苦しい状況のなか、明るさを失わずに鈴鹿の週末を戦い抜いたチームの精神に、鈴鹿のファンは大きな拍手を送った。
日本GPの翌日、ルノーはロータス・チーム買収の基本合意書を交わしたことを発表した。正式に買収が成立するまでには調整が必要だが、カルロス・ゴーンがワークスチームでの参戦にゴーサインを出したことは明らかになった。ただし、ジェラール・ロペスが率いる間に多くの人材を失ったチームを立て直すには、経営権を握ったルノーの賢明な判断が必要になる。フランスのアイデンティティを大切にしつつ、国籍にこだわりすぎず有能な人材を適所に配置していくことが成功への鍵になる。