2周目にチームメイトと同士討ちでタイヤをバーストし、最後尾まで落ちてしまったハミルトン。レース中盤以降、リタイヤを促す無線が国際映像で流れたが、ハミルトンの心境はどのような状態だったのか。レース中の無線、そしてレース後の会見のコメントから探る。
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「エンジンをセーブしようよ」
19周目、ルイス・ハミルトンはレースエンジニアのピーター・ボニントンに無線で訴えた。
2周目にニコ・ロズベルグに接触されたハミルトンは、パンクを喫して最後尾まで後退した。
「リカバリー戦略を考えよう。このタイヤを15周保たせなければならない。左リヤをいたわってくれ。ターゲットタイムは1分55秒7だ。可能か?」
ミディアムタイヤを履いたハミルトンは、ピットストップの回数を減らすことで挽回を図ることにした。しかしその後、ハミルトンのペースは思うように上がらなかった。
「15周も走るなんて無理だ。左リヤはそんなに保たないよ。リヤが滑りまくっているんだ」
左リヤタイヤをバーストさせて走った際にフロアに大きなダメージを負っており、空力性能が大きく失われていたのだとレース後のハミルトンは語った。
「なんとか自分にできるだけのことはしようとハードにプッシュしたんだけど、クルマがかなり大きくダメージを受けていてダウンフォースは50~60ポイントは失われていたと思う。例えばオールージュなんて全開では抜けられなかったんだ」
ダウンフォース性能を表わす「ポイント」はチームによって指標が異なるため具体的な数値を把握することは難しいが、一般的に大きなアップデートで得られるゲインが10~20ポイント程度だと言われていることを考えると、50ポイントというのがいかに大きな値であるかが分かる。
レース中盤、ハミルトンは入賞圏内までの挽回が無理だと見て、リタイアを選ぼうと何度もチームに訴えた。
「リヤエンドがすごく酷い。オールージュでスロットルを戻さなきゃいけないくらいなんだ。全然ダメだよ」
「どうやったら前を捕まえられるのか分からない。全然ダウンフォースがないんだ」
「クルマがこんな状態じゃ、セーフティカーが入ったってもう前に追い付くことはできないよ」
エンジニアのボニントンはハミルトンのペースが悪くないことやセーフティカーが入る可能性を伝えてなんとか思いとどまらせようとしたが、ハミルトンのレースにかける気持ちはもう切れているようだった。
その背景には、前戦ハンガリーGPの予選で燃料漏れによる失火でエンジンを1基失っているという事実があった。パワーユニットは年間5基で賄わなければならないが、ハミルトンはその点においてタイトル争いのライバルであるチームメイトに対して不利に立たれていることを気にしていたのだ。
「(リタイアを考えた)ひとつの理由はマシンがとてもアンバランスだったことと、もうひとつの理由は、前回のレースでエンジンが燃えて1基失っているということだ。だから僕はニコ(ロズベルグ)よりもエンジンアロケーションが1基少なくて、今後のレースではフリー走行などで周回数がタイトになるんだ。だからエンジンをセーブしたかったんだ」とレース後の会見で話すハミルトン。
無線だけを聞けば、ハミルトンの精神的弱さが出たようにも思われたが、実はそうではなかった。ハミルトンはこの先、残り7戦のタイトル争いを考えた上で何を優先すべきかを冷静に考えていたのだ。最終的にチームはハミルトンの要望を受け入れ、ピットに呼び戻した。
「シーズンはまだ7戦残っているし、僕には素晴らしいチーム、素晴らしいクルマがある。この先、運がどう向くかなんて誰にも分からないしね。だから今後数戦、自分にやれるだけのことをやってやろうと思っているよ」
選手権リーダーのロズベルグに29ポイントの差をつけられたハミルトンだが、彼の心の炎が消えたと考えるのは早計だ。