ドライバーを見かけるたび“細い!"と口走ってしまう。新技術のF1、重いパワーユニットに対応するため、ほぼ全員がダイエットして2014年に挑む。
そしてUNKNOWN――アルバートパークの木曜日、パドックでもっとも頻繁に聞こえてきたのは「未知」という言葉。1月末以来、4日間×3回のテストを行ってきても、誰もが例年よりはるかに多くの未知数を抱えてメルボルンにやって来た。
●ライバル対比の位置が分からない――信頼性の確認を済ませたチームにとっては、未知の要素は例年と同じ。ただし“分からない"度合は例年よりずっと深い。真新しい技術とルールでは、タイムシートを見てもそれ以上の想像を働かせることが不可能なのだ。
「自分たちが行ってきた仕事に満足しているし、チーム全員にとっていい意味での驚き」と、バルテリ・ボッタス。トラブルなく2回のレースシミュレーションも行って、信頼性には手ごたえを感じている。「同じマシンが、ここに来て急にトラブルを抱えることはないと思う」。苦労した2013年に比べると、マシンの仕上がりもずっといい。バーレーン・テストより、さらに速さを引き出せると期待している。
でも――「メルセデスは速いし、フェラーリだって速いはずだよ。レッドブルが問題を解決してくるのも時間の問題だからね」
優勝候補のひとりという評判にも、心を動かされたくないのだと言った。
「考えないようにしているんだ。もちろん、僕らは可能なかぎり上位でゴールすることを目指しているし、レースをしているかぎり最終的な目標が勝利であることはチームも僕も同じだ。でも、今の段階では、地に足をつけて自分たちの仕事を行っていくことが何より大切だと思っている。ここでは、まずポイント獲得を目指したい。去年はポイント獲得すら大変だったんだから! 入賞できれば満足だと考えてしっかりアプローチしたい」
コントロール能力の高いボッタス。レースがウエットになっても、ことさら心配はしていない。
●優勝候補と言えば、筆頭に挙がるのはルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグ。メルセデス・ワークスは冬のあいだから圧倒的な強さを示してきた。それでも、速さと信頼性は二律背反――バーレーン・テスト最後の2日間にエンジン、ギヤボックスと連続して問題を抱えた様子からも、速さと信頼性を両立させる最良のボーダーラインを見出す難しさが分かる。
新しい技術、新しいレギュレーションで挑む初めてのシーズンは、もっとも順調にテストを進めてきたチームでさえ“どこまで攻めるべきか"と、自問する。ライバルがフルポテンシャルを引き出せていないだけに、目標値を設定するのはさらに難しい。「圧倒的に有利」という評判に包まれながら、トト・ウォルフは「自分たちが最強だと早合点するのは間違い」だと強調した。
好調さが目立つメルセデス勢に対して、外から読み取ることが難しいのはフェラーリ勢。フェルナンド・アロンソもキミ・ライコネンも、チームの戦略やパフォーマンスが想像できるようなコメントは一切、口にしていない。水を向けられても、うまくかわす。
「自分たちの競争力を知るのは、本当に難しい。あと1日か2日で、もう少しは分かるようになると思うけれど……」
バーレーンのタイムはおそらく抑えたものであったし、開幕戦を走り始める前から、スクーデリアはすべてに関して非常に戦略的に動いている。だから、無口なライコネンの「ここまで行った仕事に満足してるよ」というコメントが、とてもポジティブを含んで聞こえる。
●「僕にとって、未知=興味深いという意味だから」と言いながら、今シーズンの序盤を具体的に説明してくれたのはエイドリアン・スーティル。
「いつもの年なら“バルセロナでパフォーマンスランを行ったときは・・・"というふうに考えることができたけど、こんなに何もかもが違うシーズンは初めて。新しいシステムがあまりに多く働いているから、僕自身、テストでは最後の半日までドライビングという要素に集中することができなかった。でも、これはすごく興味深い状態だよ。誰も何も確信を持てないんだから、テレビで観戦する人たちにとっても最後までエキサイティングだ」
「今年のエンジンはトルクが大きく、エンジン自体のドライバビリティが今までとまったく違う。回生システムによる電気エネルギーもこれまでよりずっと大きい。コーナーの速度はもちろん遅くなったけれど、ストレート速度は乗っていて感じるほど速くなった。たとえばエンジンの回転数は去年までのように高くはないから、コーナーでギヤを選ぶのはちょっと簡単だね。3速でも4速でも、さほど変わらない。その一方で、タイヤは硬くなったし、空力的なダウンフォースも削減されているから……要するによりトリッキーなマシンになった。これは、上手く対応できるドライバーと苦労するドライバーが出てくると思う」
●本当は、もう少しテストを積みたかったと言うスーティル。それでもメルボルンに来てみると、ピットの端から端まで、大きなチームにも小さなチームにもチャンスがあるこの状態にわくわくする気持ちを抑えられない。
「もちろん、シーズンが進むにしたがって、豊富なバジェットと人材を抱えたトップチームはあるべき位置に戻ってくると思う。でも、比較的小さなチームで走る僕としては、そうなるまでにできるだけ時間がかかってほしい。エキサイティングな状態が長く続いて欲しいと思う」
開幕戦は――「レースであることにもちろん変わりはないけれど」と前置きして、「多くのテストを行い、マイレッジを重ね、できるかぎりの情報を収集すること」と説明する。
「メルボルンでマイレッジを重ねれば重ねるほど、次のセパンは有利になる」
誰もが目の前のレースだけで手いっぱいの状態でも「少し先のレースも同時に考えること」が大切になってくると言う。
「これまでより遅いのは今の、一時的な状態であって、F1はすぐに速さを取り戻してくると思うよ。ダウンフォースだってシーズン中に向上し、来年には13年レベルを取り戻すことになるだろう」
●言うまでもなく、テストでもっとも苦労してきたのはルノー勢。メルボルンでも完走自体が目標になる――とりわけ、他のルノー勢とも異なる問題を抱えたレッドブルについては、挽回が確実でも“いつ?"という疑問符が拭えない。
パワーユニットに関しては「予定の1カ月遅れ」というのがルノーの正直な見解。最後のバーレーンではケータハムの2台が100kgのガソリンでレース距離を完走したが、本来なら、ヘレス・テストを終えた時点でこのレベルに到達する予定だった――逆に言うと、単純計算で中国GPの頃にはルノーのパワーユニットも本領を発揮し始めることになる。
「今のところ、僕らが遅れてるのは秘密でも何でもない。でも、選手権は長いからね。自分たちに挽回する力があることだけは確信してるよ」と、意外と明るくベッテルが言う。
「完走することが大切――でも、これはルノー勢に限ったことじゃない」と、ジャン‐エリック・ベルニュが続ける。
「誰もが未知の要素を抱えているはずだから、この週末で信頼性と性能を向上してレースを走り切ることは、本当に大きな意味を持つ」
燃費に厳しいメルボルン。レース序盤に3~4kgのガソリンを節約することができれば、
終盤に戦うチャンスも膨らむ――どんな展開になるのか、未知の世界はゴールまで続いていく。