小林可夢偉がケータハムF1チームに加入したという記事が、イタリアのオートスプリント誌に載った。ただ、これもチームからの正式発表ではなく、すっぱ抜きの記事だ。真贋を確かめるためにケータハムF1チームのコミュニケーション担当に尋ねたが、「何か決まったら一番に連絡する。日本にとって良いニュースだといいねえ」という返信が来ただけ。それ以上のことは書かれていなかった。でも、「日本にとって良いニュース」と言って来ているところをみれば、小林がケータハムと交渉していることは認めたことになる(周知の事実ではあるが)。ところがケータハムは昨年最下位のチーム。勝てる可能性のあるチームとしか契約しないと豪語していた小林は、なぜ心変わりしたのだろう? 尋ねてみたいところだ。
それより何より、F1が大きく変わるかも知れない一大事が起こりつつある。F1全体を見れば小林の問題よりこっちの方が影響ははるかに大きいだろう。そう、もうみなさんご存じの通り、バーニー・エクレストンがF1運営会社デルタ・トプコの取締役会から外れたというニュースである。
彼は2006年にF1の商業権売買においてドイツ人銀行家のゲルハルト・グリブコウスキーに4500万ドルの賄賂を送った罪で、現在ドイツ・バーバリア州の裁判所に訴えられている。支払いに関してはエクレストンも認めているが、脅されて支払ったと理由を述べている。裁判の日程は決まっていないが、4月末の可能性が高い。
エクレストンはこの問題が片付くまで取締役会から外れ、その間、会長のピーター・ブラベック-レトマスと副会長のドナルド・マッケンジーが契約問題などの事務をこなす。ただし、取締役会を外れたエクレストンだが、日々の業務は続けるとしており、F1から完全に去ることはない。
しかし、もし裁判でエクレストンの有罪が決まり収監がなされるようなことになれば、40年続いた彼のF1支配は終焉を迎える。これはF1にとって大きな損失で、F1運営会社のデルタ・トプコ、大口株主のCVCは早急に彼の後継者を捜さなければならなくなる。このエクレストンの不在がF1にいかなる影響を及ぼすか、我々はしばらく静観することにしよう。
エクレストンのステップダウンとは反対に、昔のポジションに返り咲いた大物もいる。マクラーレンのロン・デニスだ。今年67歳になるデニスは2009年限りでマクラーレンF1チームのCEOを退き、2012年にはマクラーレン・グループのCEOも辞め、マクラーレン・オートモーティブ(※マクラーレンの市販車部門)の代表に就いていた。しかし、2013年のF1チームの体たらくを見て我慢も限界にきたのだろう。自らマクラーレン・グループのCEOに返り咲き、F1チームを権限下に置いた。
となれば、デニスの後継者として過去4年間CEOとして働いて来たマーティン・ウィットマーシュの身の振り方が注目される。デニスとウィットマーシュの関係は過去2年間最悪だったことはよく知られている。デニスがウィットマーシュを退任させようとしながら、取締役会の反対にあってそれが出来なかったとも言われる。それがここに来て突然為されたわけだ。
しかし、デニスはまだウィットマーシュの将来には言及していない。マクラーレンに残り、これまでとは異なったポジションで働くのか、チームを離れるのか? ウィットマーシュ本人からもコメントはない。ただ、デニスは昨年12月にメルセデスを辞したロス・ブラウンと会って話をしている。もしかするとブラウンがマクラーレンに加入してチーム代表に就く可能性もある。そうなればウィットマーシュは当然チームを離れることになるだろう。
デニスの怒りも理解できる。マクラーレンは2013年、1980年以来初めて一度も表彰台に上らないシーズンを送った。最高位はジェンソン・バトンの4位(ブラジル)。バトンとセルジオ・ペレス2人のポイントを合わせても122点にしかならず、コンストラクターズ選手権は5位と低迷した。この状況から脱出するためにデニスがCEOに返り咲いた。そして1月16日に全従業員を集めてスピーチを行い、「チームを変革する。我々は再び勝利するんだ」とぶち上げた。ウィットマーシュはその場には姿を見せなかった。
2015年からのホンダ・エンジン搭載が決まっているマクラーレン。今年のような成績が続くようでは、ホンダに顔を向けられないと、80年代のマクラーレン・ホンダ時代を引っ張ったデニスが考えても不思議ではないだろう。そこに、ホンダをよく知るロス・ブラウンの加入があれば、マクラーレンが再びトップチームに返り咲くのは夢ではない。
ただ、最後にひとつ注文を付けておきたい。ドライバー選びに慎重を期して欲しいということだ。デニスの復帰で彼と犬猿の仲のフェルナンド・アロンソの復帰が困難になって来たことを考えれば、本当に数少ないドライバーからの選択になる。くれぐれも慎重に。レースに勝てるかどうかはドライバーの腕次第というところもある。
日本人ドライバーに関しては、ホンダが今年GP2に参戦させ、将来のF1ドライバーとして育てるようだ。私が聞いた噂では伊沢拓也が第一候補となっているらしい。彼も今年で30歳。もし噂が本当なら、死ぬ気になって立ち向かわなければF1はちと難しいだろう。彼の奮起に期待しよう。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
AUTOSPORTwebコラム トップ⇒http://as-web.jp/as_feature/info.php?no=70