赤井邦彦がF1のホットな話題について、鋭い論評を繰り広げる連載「エフワン見聞録」

　今年で90周年を迎えたル・マン24時間レースが始まっている。何を慌てて、と思うかも知れないが……。終わってからならなんとでも書けますから。

　ということで、テーマはずばり「トヨタは勝てるか！？」である。勝てるのだろうか？　正直な話、なかなか難しいだろう。なぜなら、ライバルのアウディが著しくクルマを進化させてきたからだ。

　まず、トヨタの十八番だったスピード、これをアウディが備えてきた。これは空力性能を向上によって叶えられることだが、アウディがやってきたのはそれだけではなかった。ディーゼルエンジンのパワーとトルクを上げてきたし、もちろんハイブリッドを効かせた時には4駆になり、コーナーの立ち上がりで驚異的なダッシュをモノにしてきた。

　空力に関しては、今年の初めからロングテールバージョンを持ち込み、最高速を上げることに成功している。つまり、コーナーのダッシュを強化し、最高速までの到達時間を縮め、最高速に達したらそれを長く保つ。

　トヨタのハイブリッドパワーが得意としていた加速、最高速をアウディに取られては、かなり危ない状況になってきた。予選中、トヨタのドライバーはストレートでアウディに抜かれ、「普通に抜いていくのだから、何も出来なかった」と、泣いていた。予選グリッドはアウディがトップ3を占め、トヨタが4、5番手。タイムはかなりの差だった。

　しかし、レースは24時間。何でも起こる。

　つい数時間前、レースがまさに始まり、アウディが先行する中、トヨタが急襲している。遜色ないスピードで激しいレースが進んでいるのだ。そこで分かったことは、予選でのアウディは燃料をリッチ（濃く）にして一発勝負に出たということだ。アウディに尋ねたが、「そんなことはない」という返事だったが、あたりまえですよね。「はい、リッチにして走ったんですよ。予選ぐらい前に行かなきゃ」と言ってくれるはずはない。だから、レースが始まってからそのペースを見て勝手に判断したのだが、恐らく間違ってはいないと思う。

　1周目から2周目にかけ、トヨタはアウディの2台を食い、なんと7号車が2位、8号車が3位につけた。4時間終了時点では、4位5位というポジションになってしまったが、ここで目に付くのはアウディの加速が予選とはまったく違い、それほど強烈ではないこと。こうなれば、トヨタにも勝ち目は出て来た……のかもしれない。つまり、トヨタは気を衒った作戦を取らず、ありのままの走りをすれば、アウディと同等、あるいはアウディを凌ぐレースを演じることが可能だと言うことだ。

　しかし、ル・マン（WEC）の原稿を書いていていつも残念に思うのは、トヨタは常に挑戦者であるという点。アウディがトップにいて、そのアウディに挑む。希望としては、トヨタには“ドン”と構えて王道を突き進む存在であって欲しいと思うのだが、王道を突き進むには十分な活動費があることが前提である。現在のトヨタは（TMGは）、アウディに比べて資金面ではかなり弱い立場にあると聞く。もちろん、100万円増えたらラップタイムが1秒縮まるというわけではないだろうが……。

　さて、ル・マンが始まって４時間近くたった。2周目にアストンマーチンがクラッシュし、壊れたガードレールを直すのに40分もの時間がかかり、その間レースはダラダラとセイフティカーの後ろについて進んでいる。こんな手際の悪い主催者も珍しいが、ル・マンの主催者ということでACOは非難されることはないのだろう。これが王道を行く者の力といえばそれまでだが、トヨタがル・マンでそうなるには、時間とお金が必要だということ。

　さて、まだ20時間残っている。

赤井邦彦（あかいくにひこ）：世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter（@akaikunihiko）やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ（本人曰く「歯に衣着せる」）物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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