マノーのレーシング・ディレクターであるデイブ・ライアンは、2009年の自身のマクラーレン離脱と、その後F1から離れていたのは「良心からの行動」だと主張する。

 スポーティング・ディレクターとして34年間をマクラーレンで過ごしたライアンは、2009年のオーストラリアGPでライゲートと呼ばれる事件を引き起こし、ルイス・ハミルトンとチームを巻き込んだとしてその代償を払うことになった。この7年間は主にGTチームのボン・ライアン・レーシングのオーナーを務めていたが、昨年末にマノーへの加入が発表された。

 ライアンは、ボブ・ベルから連絡を受けた当初は懐疑的であったこと認めている。ベルはライアン復帰を提案する以前、2015年の技術コンサルタントとして6カ月間マノーに在籍していた。

「正直に言えば、自分自身のことでかなり忙しかった。確かなことは何もなかったが、ベルは再度私に連絡をとってきた。話をし、(オーナーの)ステファン(フィッツパトリック)に会った。そこで見たものを気に入ったんだ。以前、私が手にしていたもの、いた場所とは極端に違っていた。最初は息を飲んだが、考えたり関わっていくうちに、とても楽しく素晴らしいことに思えてきた」

 自身のF1復帰を、ライアンは以下のように語っている。
「ブランクなどなかったかのようだ。何も変わっていない部分もあるし、大きく変わったところもある。恋しく思ったこともあったし、そうでなかったこともある。周囲が何をしているかを気にかけてはいたが、忙しくて仕事のことで頭が一杯だった」

 復帰に際しては多くの友好的なメッセージが寄せられたという。『禁句』はないのかとの質問には「起きたことは、起きたことだ」と答えた。
「ずいぶん前の出来事だ。それについては確かな思いがあり、考える必要もないので思い出しもしなかった」

 メルセデスのパワーユニットとウイリアムズのトランスミッションを手に入れ、改善を続けるマノーは昨年ホンダとともに辛酸を嘗めたマクラーレンの競争相手になり得るだろうか。

 これについては「正直なところ、今のマクラーレンは眠れる獅子だ。ここ数年は不調が続いており、昨年は特に困難だったと言えるが、復調できるだけのポテンシャルはある。苦労はしているものの、再起すれば最前列に戻ってくるだろう。彼らは優秀な人材の集団だ。『もし』復調したらではなく、『いつ』復調するかだ」と話している。

本日のレースクイーン

前田星奈まえだせな
2026年 / D1グランプリ
VALINO GIRLS
  • auto sport ch by autosport web

    SUPER GT PARADE LAP EP.2 Produced by autosport web

    禁断のGT500スワップ企画第2弾!
    ニッサンZのコクピットに坪井翔と野尻智紀が潜入

  • auto sport

    auto sport 2026年12月号 No.1626

    特集 GAME CHANGER
    一夜にしてカテゴリーの趨勢を塗り替えた
    名車・名プロジェクト

  • asweb shop

    鈴鹿1000km 50回大会記念
    メモリアルフォトブック


    1966年に始まった鈴鹿1000kmレースの歴史を、50回大会を記念して振り返るメモリアルブック

    3,000円