翌朝、チーム代表は約束どおりホテルまで迎えにくれたので、彼の運転でサーキットに向かうことができた。

 その道中、チーム代表はまだマシンの準備が整っていないため、サーキットでの手続きが終わったら、そこからほど近いエラン・モータースポーツ(パノスのマシンを製造するために設立された会社)のファクトリーにタクシーで向かい、シートあわせをする必要があると言ってきた。

 サーキットに着くとひとつトラブルに直面した。競技員たちは私が持ってきたヨーロッパ仕様のヘルメットを使うことに難色を示し、アメリカ仕様のヘルメットを使うように要求してきたのだ。

 またHANSデバイスも使用しなければならないと言ってきた。当時、ヨーロッパでHANSは一般的なアイテムではなく、私は持ち合わせていなかった。

 そういうわけで、私は当初不要だと言われていた新しいヘルメットに加え、HANSデバイスを準備しなければならないという嫌な状況に追い込まれた。付け加えると、当時の私には、そんな急な出費に耐えられるほど財政的余裕はなかった。

 そのあと同じレースに出場する別のドライバーを偶然見かけたので、ヘルメットなどを売っているパドックショップが何時に開店するのか尋ねてみた。すると、彼は星条旗のカラーリングが施されたスペアヘルメットと、HANSデバイスを貸してくれたのだった。

 彼から借りたHANSデバイスはヘルメットに装着されてはいなかったのだが、競技員は私にHANSを着けることだけを求めており、それが適切に装着されているかどうかは気にしていなかった。

 一方、私が危惧していたライセンス問題は、私が持っていたライセンスにFIAのスタンプが押してあることもあり、特に大事にはならなかった。厳密に言えばアメリカでレースをする上で必要なグレードではなかったのだが、少なくともこの点についてはチームの言うとおり“問題”はなかった。

 一連の問題が解決したので、私はタクシーでエラン・モータースポーツのファクトリーに向かった。そのタクシーの運転手が変わった男だったことを今でも覚えている。

 彼が話す英語はなまりがとても強く、言っていることがまったく理解できなかったのだ。たしかに彼は英語を話しているはずなのだが、とにかくなまりが強く、イギリス出身の私にとってはフランス人が話すフランス語のほうがまだ理解できると思えるほどだった。

 かろうじて理解できたのは、彼は私が家から遠く離れて、このジョージア州に来ていると思っているということだけだった。その点について、彼の理解は正しかった。

 私はアメリカのこの地域、ジョージア州ブラセルトンにいることで少々落ち着かない気分だったのはたしかだ。そこはディープサウス(アメリカ最南部)であり、誰もがよそ者に友好的なわけではない。それにここにいる人たちはみんな銃を持っているように思えたし、私はそういう環境に慣れていなかった。

 ようやくファクトリーに着くと、チームのスタッフに自分がドライブするマシンのところへ連れて行かれた。ちなみにその道中、ファン・パブロ・モントーヤが2000年のインディ500でドライブし優勝を飾ったマシンや、組み立て途中のインディカーの横を通りすぎることになった。今思い出しても、あの光景は本当にクールだったように思う。

 そんなマシンたちを横目に、ようやく自分がドライブするマシンのもとにたどり着いたのだが、そのエリアで目にしたのは組み上げられたマシンではなく、スペアパーツの山だった。

 エランのマネージャーは、2回目のプラクティスセッション(練習走行)までにマシンを用意すると私に約束した。しかし、このパーツの山が近いうちにコースを走れる状態になるとは到底思えなかった……。

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サム・コリンズ(Sam Collins)
F1のほかWEC世界耐久選手権、GTカーレース、学生フォーミュラなど、幅広いジャンルをカバーするイギリス出身のモータースポーツジャーナリスト。スーパーGTや全日本スーパーフォーミュラ選手権の情報にも精通しており、英語圏向け放送の解説を務めることも。近年はジャーナリストを務めるかたわら、政界にも進出している。

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