「タイヤの温度が上がるとダメで。何とか温度が上がらないように、スタートからタイヤをマネジメントしていたのですが、どうにもならなかったですね。野尻さんのクルマはすごく安定していたし、すべての操作に余裕が感じられました」と、大湯は2位表彰台を獲得したレース後に打ち明けた。
今年ヨコハマが供給するソフトタイヤは、去年と同じものだという。しかし多くのドライバーは「何かが変わったように感じる。路面温度が25度を越えるとフィーリングが大きく変化しグリップ感がなくなる」と証言していた。
内圧をしっかり合わせても温度が上がるとタイヤの表面だけが滑り、構造が動くことによる“粘り”が感じられなくなるのだという。開幕前の富士テストでも、路面温度が大きく変化すると各車のパワーバランスがガラッと変わり、その原因や理由をつかみきれていないチームが多かった。
野尻もテストやフリー走行では同様のフィーリングを感じたというが、決勝では路面温度が比較的低かったこと、そしてセッティングの最適化により39周を走ってもタイヤのコンディションは大きく落ちなかった。
「リヤタイヤのデグラデーションが気になっていたので、とくにセクター3でのメカニカルグリップの出し方を少し変えました。それがうまく機能したようで、タイヤは外側から内側にかけてきれいに削れていました」と一瀬エンジニア。
一方、野尻は「予選よりアンダーが少し強くなりましたが、それでも最後までステアバランスは良く、基本セットの良い部分は失われませんでした。一発のスピードが高いクルマは以前にもありましたけど、乗っていての安心感は過去一番でしたね。だから、途中で雨が降っても自信を持って走ることができました」という。
野尻は最後まで安定した走りを続け、昨年11月のオートポリス以来となる優勝を獲得。速さもさることながら、それ以上に強さが光った1戦だった。過去、野尻は予選では抜群に速くとも決勝ではスピードを維持できず沈むレースが少なくなかった。しかし、2019年にTEAM MUGENに移籍して以降は、決勝での強さが確実に増している。
「もちろんさらに改善したい部分はありますが、クルマは完璧でした。一瀬は本当にいいエンジニアで。彼はドライビングを理解しているし、オンボード映像や、直線でウィービングするクルマを見るだけでもセッティングを推測することができるんです。また、一瀬を支えるふたりのデータエンジニアもとても優秀で、今回勝てたのはチームのみんなのおかげでもあります」
次戦、鈴鹿について一瀬エンジニアは「富士とは全然違うし、テストではほかのチームのクルマが速かったので正直あまり自信はありません」というが、野尻は「一瀬ならどうにかしてくれるでしょう」と全幅の信頼を置く。
若手の台頭と、それを許さぬベテランたちの矜持。今回予選下位に沈んだ王者山本尚貴にも復調の兆しが見られ、鈴鹿では、若手とベテランの対決構図がさらに明確になることだろう。