マックス・フェルスタッペンを擁し2021年以降、6つのタイトル(ドライバー4回、コンストラクター2回)を獲得したレッドブルF1は、2025年限りでホンダと袂を分かち、アメリカのメーカーとの新体制で来る2026年シーズンを戦っていく。これはパワーユニット(エンジン)パートナーが、ホンダからフォードに変わることを意味するが、これと同様の経験をしたのが1993年のマクラーレンだ。
この年、アイルトン・セナとマイケル・アンドレッティのコンビで参戦したマクラーレンは、ホンダV12よりもコンパクトなフォードHBシリーズを搭載した『MP4/8』を投入。しかし、フォードV8はライバルのウイリアムズが使用するルノーV10に対して非力であり、マクラーレンのシャシーとセナをもってしてもランキング2位が精一杯だった。
毎号1台のF1マシンにフォーカスを当て、そのマシンが織り成すさまざまなエピソードを紹介する『GP Car Story』のVol.30は、マクラーレンMP4/8を特集。このページでは、わずか3レースだけの出走となったものの、年間通してMP4/8に情熱を注いだミカ・ハッキネンのインタビューを特別に全文公開する。
※本記事は2019年12月9日に配信した内容を再配信したものです。
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■こんな目に遭うなんて
──1993年に向けてマクラーレンへ移籍した経緯について聞かせてください。アイルトン・セナが契約しない可能性を期待していたのでしょうか?
ミカ・ハッキネン(以下MK):とてもエキサイティングな時期だった。まずF1まで上がってくることができたし、とくにチームロータスでの2年目(1992年)には、ある程度の成績も挙げていた。その結果、ビッグチームの方から私に関心を示してくれるようになったんだ。
MK:そういうプロセスは今も昔も変わらない。あの頃、私のFAXには次々とメッセージが届き、毎日のように記録紙のロールを交換していた。まあ、実際にそれを読んで、内容を検討してくれたのはケケ(・ロズベルグ/マネージャー)だけどね。
