パスを受け取るオフィスへの道順がはっきりしていなかったので少々不安に感じたが、長く歩いたことで街の様子を観察することができた。
街を歩いて感じたのは、バレンシアがとても素晴らしい場所だということ。仕事ではなく、今度は休暇のために訪れたいと思うほどだった。街の光景はF1中継で見たコンクリート造りのコースとは似ても似つかなかったのだ。
ただ週末にはF1ヨーロッパGPが開催され、またサン・ファンの日も近いというのに、街が閑散としているという感覚はつきまとったままだった。オフィスへ向かう道中、人を見かけることはほとんどなかった。
F1の取材に訪れると、サーキットにほど近い街では必ずF1に関連するものを目にする。いたるところにF1開催を告知するポスターが貼られているし、F1をイメージした装飾が施された店を見かけることもある。なにより観戦に訪れたファンがお気に入りのチームウェアを着て歩いているものだ。
しかし、バレンシアは違った。もし私がF1取材のために訪れていなければ、週末にF1が開催されるなどと思いもしなかっただろう。それくらいバレンシアの街にF1を思わせる要素がまったくなかったのだ。
この状況はコースに近づいても変わらなかった。パドックエリアにつながる橋から一番近いカフェですら、普段と変わらない様子だった。
バレンシアの街に驚かされた私は、F1で使われるコースにも驚かされた。しかし、こちらはいい意味での驚きだ。
パドックとコースの広大なセクションはマリーナ・エリアに位置していた。ここは2007年と2010年に、ボートレースのアメリカズカップ開催のために大規模な開発が行われたのだが、そのほかの行事に使われることはほぼない様子だった。実際にパドックのほとんどはピットガレージも含めて、1914年ごろに建てられた古くも美しい産業ビルのなかに設営されていた。
またコース自体も私が想像していたようなコンクリート造りの場所ではなかった。現在にいたるまで、私はなぜF1ヨーロッパGPがあれほどテレビ映りが悪かったのか理解できない。実際に訪れたバレンシアは本当に魅力的な場所だったから、なおさらだ。
ふたつの驚きを味わった私はF1開幕直前の木曜日にいくつかインタビューをこなし、コースの雰囲気を味わった。メディアセンターは古びていたが、ウォーターフロントにあり、そこからほど近い波止場エリアでは、私が好きなブランドのアイスクリームが無料で配られていた。海を眺めながら太陽の光を浴び、アイスクリームを堪能するのは気持ちよく、バレンシアは想像していたほど悪くない場所だと思い始めていた。
そして、この日の仕事を終えようとしたころ、ジャーナリスト仲間のひとりがビーチに行って何か食べるものを探そうと提案してきた。私はコースのすぐ近くにビーチがあることさえ知らなかったが、F1マシンが駆け抜けるコースのすぐ近くに広大で素晴らしいビーチが広がっていたのだ。
しかし、そんな素晴らしいビーチや現代的な建物と1世紀以上前からある美しい建物が入り交じる光景がF1中継で放送されることはなかった。残念ながら、今後もその機会は訪れないだろう。
とにかく私はたった1日でバレンシア市街地コースに対する印象を改めた。そして何年も足を運んでこなかったことを後悔しつつ、ビーチでおいしい食事に舌鼓を打ち、ホテルに戻ったのだった。
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サム・コリンズ(Sam Collins)
F1のほかWEC世界耐久選手権、GTカーレース、学生フォーミュラなど、幅広いジャンルをカバーするイギリス出身のモータースポーツジャーナリスト。スーパーGTや全日本スーパーフォーミュラ選手権の情報にも精通しており、英語圏向け放送の解説を務めることも。近年はジャーナリストを務めるかたわら、政界にも進出している。