フランスからの国境を越える際にもコントロールは何もないため、白い標石に注意していないとモナコ公国に入ったことには気づかない。ただし、視線を海から山側に移すと違いは一目瞭然――建築基準が異なるため、モナコの領土内に入ると突然、高層の建物が密集する。狭いところでは海岸からの“奥行き"がわずか300メートルの、小さな国。そこにビルが林立しているのだから、南仏特有ののんびりした風景に比べるとはるかに息苦しい。

 それでもドライバーたちが好んでモナコに住むのは、所得税がかからない国だという理由がひとつ。ただし、それだけではない。スポーツ選手であるドライバーにとって、モナコの魅力は地中海性の温暖な気候のおかげでランニングや自転車による屋外トレーニングが1年中可能であること。加えて、山側の急な勾配は平地より効率よく心肺機能を鍛えてくれる。そして、周辺のフランス領よりはるかに治安が良く、パパラッチに撮影される心配もない――撮影が自由なのはグランプリ期間の特例であって、普段のモナコでプロ仕様の機材を使用するとすぐにポリスが飛んで来て、撮影したデータは没収される。警察と消防の能力は、モナコ公国を維持していく要。フランス領より立て込んではいるけれど、住民にとっては、狭い空間への我慢と引き換えに心の平穏を得られる場所なのだ。

「世界一小さいサーキットで世界一速いマシンを走らせるのだから、いくつか目茶苦茶狭いと感じる場所がある」と、ダニエル・リカルドが言う。今シーズンからモナコの“小さなアパート"に住む彼は「自転車で走っていても、どうやってF1でここを抜けるのかな?って思うくらい」と続けた。

 シーズンの中でも特殊なハイダウンフォース仕様が投入される低速コース。レギュレーションによって大幅にダウンフォースが削減され、新パワーユニットによってトルクが大幅に増した今年はドライビングミスによるクラッシュの可能性が高くなる――これはネガティブであると同時に、ドライビングで差をつけることが可能な、ポジティブでもある要素。

「メルセデスに対して、他のコースではストレートでコンマ4秒ロスしてきたとしても、ここはストレートがほとんどないからロスはコンマ1〜2秒に留まる。パワーの差による影響は小さく、多くのチームがメルセデスに近づくと思う。それでもし僅差まで詰められたら、あとはトライするだけだね! ただしバルセロナでもわかったとおり、メルセデスが優れているのはパワーだけじゃない。マシンもドライバーも、パッケージとしてすべてが優れている」
 努めて控えめに話しながら、リカルドは「最後のコンマ数秒」にトライする意思を明言した。

「普通、アップデートというのはコンマ2秒に相当するけれど」と説明するのはフェルナンド・アロンソ。「ここでもマシン性能が重要なことに変わりはないけれど、マシンを信頼して走ることができて優れたセットアップに成功すれば、コンマ5〜7秒を引き出すことが可能になる。アップデートしてマシンを信頼できない状態よりも、アップデートがゼロでも自信を持って走れる方がゲインは大きい。僕らが目指しているのは、そんな走りが可能になるよう、週末を堅実に組み立てていくことだ」

 そんな小さな公道をパーマネントサーキット以上に得意とするのはジャン‐エリック・ベルニュ――2012年にはタイヤが根を上げてピットインするまで7位を走行したし、去年は初のQ3進出。レースでも8位入賞と、それまでの自己ベストを更新した。彼の言葉は、モナコを走るドライバーのフィーリングを端的に表現している。

「ここは本当に難しいコースだから、ウォールから遠ざかって走りたいと思う。同時に、木曜日に走り始めた時点では日曜日のレースよりはるかにウォールが近いと感じる。だから、最初のフリー走行からコースに慣れていって週末を築いていくことが他のどこよりも大切になる」

 ダウンフォースが得られるなら、ドラッグは大きなハンデとならない。レース距離が例外的に短いため、100kgに制限された今シーズンからのガソリン総使用量もここでは問題とならない。パワーユニットの使い方もこれまでの5戦とはまったく異なってくる――1周の全開率が低いため、MGU-Kによるエネルギー回生だけで十分で、MGU-Hによるエネルギー回収はターボラグの緩和以外に必要がない。

 大切なのは、今シーズンのマシンのトリッキーな要素=スナップオーバーを最小限に抑えること。罠に満ちたコースで、ドライバーがドライビングだけに集中できる操縦性。そして、マシンバランスの変化に対して瞬時に、正確に応えていくドライバー自身の能力。

 動物的なしなやかさでこのコースを抜けていくキミ・ライコネンは「ここで上手くいかないときには、必ずしもドライバーの責任じゃない」と、もうひとつの鍵となる要素を口にした。いつ何時、イエローフラッグが出るかわからないコンディションは予選でも同じ。過去にはミカ・ハッキネンが4度の予選アタックラップをすべてイエローフラッグに阻まれた例もある。逆に、アイルトン・セナが10回の挑戦で6勝を飾った――モナコ初優勝の87年以降、ポルチエでクラッシュした88年を除くと最後の93年まで全勝――という特異な記録もある。

 特殊な要素を挙げていくとキリがない伝統の公道レース。メルセデスの強さを否定する要素は何もないけれど、それを前提としたうえで多くのドライバーが「でも……」と続ける。シーズン6戦目にして、メルセデスの牙城を崩す最初のチャンス。運/不運も十分に呑み込んだうえで走る楽しさを得て、集中力を高めていくのがこの週末の大切な作業――思うとおりに進めていけば、公国の女神がついてくる。

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