予選Q3最後のアタックを完了せずピットに戻ったのは、自分自身の判断ミス――ルイス・ハミルトンは、最小限の言葉で説明した。

ミックスウェザーの土曜午後、Q3はドライタイヤを履けるコンディションでも、1回目のアタックでは小雨が最終コーナーを覆った。チェッカーフラッグが振られる寸前、2回目のアタックに入ったメルセデスのふたりは、ハミルトンがターン4でミス。すぐ後ろを走行していたニコ・ロズベルグに道を譲ってピットに戻った。

「ルイスの後ろでアウトラップは難しかったけれど、チェッカーに間に合うためには間隔を開けるわけにいかなかった」――意気揚々と説明するのはポールシッターのニコ。事実、彼がコントロールラインを通過したのは予選終了まで1秒を切るぎりぎりのタイミングだった。

「そのためセクター1、セクター2はベストではなかったけれど、1回目のアタックではセクター3の雨で3〜4秒もロスしていたから。タイムを向上する自信はあった」と続ける言葉は、勝利宣言のように響いた……

 ハミルトンを記事で救済すべく、地元イギリスのプレスからは多くの質問がチームに投げられた。エンジニアは何故ドライバーにコンディションを伝えなかったのか、ターン4でロスしたあとも「アタックを続けろ」と指示しなかったのか。

「セクター3の路面が大幅に向上していると分かったのは、ルイスがアタックを止めた後のことだった」と、トト・ウォルフは説明した。最後のアタックで先頭を走っていたニコ・ヒュルケンベルグがセクター3で4秒ほどもタイムを縮めた時点で、ハミルトンはすでにペースを落としていた。ヒュルケンベルグ自身「こんなに速く路面が乾くなんて、今まで経験したことがない。最後の1周は完全にドライだった」と驚いたのだから、ピットにいるエンジニアにとっても予想の範囲を超えていた。

 メルセデスのミスは、予選最後の瞬間を狙いすぎたこと。ハミルトンのミスは――真後ろのロズベルグを意識するあまり、小さなミスで“負けた"と、意気消沈してしまったことだ。冷静に考えれば、最終コーナーがかなり乾いてきていることはアウトラップの時点でハミルトン自身が感じているはずで、4秒ものタイムアップは誰にも予測できなかったとしても、アタックラップを完了しない理由などどこにもなかったのだから。

 好調だったハミルトンの歯車がどこか噛み合わなくなったのは、モナコの予選でロズベルグが出したイエローフラッグにチャンスを阻まれて以来。得意のカナダでも細かいミスによってポールポジションを奪われ、レースでは回生システムのトラブルから最後はブレーキを失って開幕戦以来のゼロポイント――ERSのトラブルは同じでも、チームメイトは2位で完走することに成功した。オーストリアでは、Q3のアタックを2回とも失敗した。ロズベルグが「選手権ポイントの差」を遠慮なく口にする一方で、ハミルトンはどんどん無口になっていった……

 圧倒的に速いマシンを手にしながら、他にライバルがいない分だけチームメイト同士の戦いは息苦しい。データ中心に戦略が組まれる今日、ふたりを平等に扱うチーム内の“透明感"が、ドライバーにとっては閉塞感になる。

 そんな状況を打開するためにも、チームはふたりに異なる作戦を採用した。ロズベルグはミディアム‐ミディアム‐ハード。ハミルトンはミディアム‐ハード‐ミディアム。最後のスティントで有利なミディアムを履けば、ルイスが勝負のチャンスを手にする可能性もある――最終的には、ギヤボックスに裏切られたロズベルグがリタイアしたが、ハミルトンにとって大切なのはそれ以前から、第1スティントのミディアムでも第2スティントのハードでも、ロズベルグより速いペースを実感できたことだった。

「チームメイトのリタイアによって勝つなんて、僕が望んだ形ではない。でもスタート直後に順位を上げていった時点から、今日はニコ以上の速さが自分にあると感じることができた」

 第2スティントのハードは有利なはずのミディアムより機能して、ハミルトンは最終スティントでもハードを選択した。

 ここまで優勝か2位しか経験していなかったロズベルグはシーズン初のリタイア。地元イギリスで(大雨の)2008年以来の勝利を飾ったハミルトンは、選手権も一気に4ポイント差まで挽回して饒舌になった。

「あとは、通常の予選モードを取り戻せば大丈夫かな」

 メルセデス2台の直接的なバトルは実現しなかったが、久しぶりの接戦でレースを沸かせたのは“実力者"フェルナンド・アロンソとセバスチャン・ベッテル。天候不順の予選に翻弄され16位からスタートしたアロンソと、2位グリッドからスタートで出遅れたベッテルが直接対決を迎えたきっかけは、ベッテルの2ストップ作戦。コースに戻った直後の34周目、レッドブルのタイヤが温まりきらない間にアロンソが高速のコプスでアウトから……という、男前なオーバーテイクで前に出た。マシン的にはレッドブルが優勢。しかしアロンソの巧妙なディフェンスを打開する策がベッテルにはなかなか見つからず、ふたりの戦いはそこから47周目まで続いた。

 ターン5から先、ベッテルがDRSを作動させて左のターン6で先行しても、次のターン7でアロンソが抑える。ベッテルがイン側からノーズを先行させても、アロンソがアウトから出口優先のラインで加速する……最後はリフィールドから旧ホームストレートで右にベッテル、左にアロンソ。本物の高速サイド・バイ・サイドの末、コプスでベッテルが前に出た。アロンソは「優勝争いじゃないから、べつに楽しかったわけじゃない」と言ったが、ファンは十分に楽しんだ。ふたりが5位でなく優勝を争っていたなら、10年は語り継がれる名勝負だった。

 互いの信頼がないと不可能な、大人なバトルを繰り広げながら「スペースを残してくれなかった」「トラックリミット(白線)を守らないで加速してきた」と、口げんかのような無線合戦もご愛嬌――パワーユニット元年の今シーズンは落ち着きを感じさせる無線がトレンドではあるけれど、ファンは熱くなるドライバーが好きなのだ。

 伝統のシルバーストンでこんな戦いを目にすれば“ショー的要素"が云々だとか“音が小さい"だとか、不満に感じたファンはいないはず。いつの時代にもレースの主役はドライバーで、最新鋭のマシンの動きに彼らの“人間"が溢れ出るほど、F1は豪華なスポーツになる。

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