今宮雅子氏が描く、ロシアGPの焦点。ほとんど走れずに迎えたことで、先の読めない展開となったグランプリ。どんなに完璧を積み重ねても起きてしまう非情なトラブル、最後の最後まで繰り広げられた表彰台をめぐる争い、そして恐ろしい事故からの帰還──ソチを彩ったヒーローたちに光を当てる。

・・・・・・・・

 フリー走行でデータを収集できたのは、実質FP3の35分だけ。誰もが未知の要素を抱えたまま臨んだ結果、活気のあるレースになった。一方で、19台がチェッカーフラッグを受けた(20台全車が完走扱いとなった)日本GPのあと、ソチでチェッカーを受けたのは13台。リタイア理由はそれぞれ異なるが、雨のイギリスGP以来の低い完走率も、おそらく走行不足を遠因としている。

 限られた周回数でも、うまくマシンを仕上げ「ほぼ完璧」な予選でポールポジションを獲得したニコ・ロズベルグは、スタート直後、スリップストリームを利用してスピードを得たルイス・ハミルトンにもひるむことなく1位のポジションを堅持。しかし最初のセーフティカーがピットに戻ったあとにスロットルダンパーのトラブルを抱え、あえなく7周でリタイアした。レースは時として、こんなに非情──この週末のために注いだ努力は何の収穫も、もたらしはしなかった。コンストラクターズタイトルを祝うチームのなかにいて、悔しさはいっそう痛切になったに違いない。

 予選の敗北以来、可能な限りの攻撃パターンを頭に描いてきたハミルトンにとっても、チームメイトのリタイアはあまりに呆気ない幕切れ。しかし7周目のターン2で前に出たときにはニコがミスをしたのだと思っていたし、レース後も「彼に何が起こったのか、正確には知らないんだ」と言った。それよりも、快適なマシンを操縦して自在にレースをコントロールする喜びに身をまかせた。唯一の小さな不安はレース終盤、リヤのダウンフォースが不安定になったこと。しかし縁石から遠ざかりペースを落として走行した最後の5周さえ「心から幸福を味わった」と言う。4戦を残してドライバーズ選手権2位のセバスチャン・ベッテルには66ポイントのリード。次のオースティンでベッテルを9ポイント、ロズベルグを2ポイント上回る成績を上げると、2年連続のタイトルが決定する。

 予選で1ラップをまとめきれず、スタート直後にはキミ・ライコネンにも先行を許したベッテルにとって、2位は望み得る最高の結果だった。鍵となったのは、26周目にバルテリ・ボッタスがピットインしても誘われることなくステイアウトし、4周の間にマージンを築いたうえでタイヤ交換に踏み切った作戦。ボッタスが中団グループに前を塞がれたことも幸いしたが、タイヤの性能低下が小さなコースでは「速いほうのタイヤで、できるだけ長く走行する」作戦が機能した。さらに興味深いのはソフトに交換したアウトラップ。2周後にピットインしたハミルトンと比べてさえ、3秒近くも速いペースで一気にセルジオ・ペレスに迫り、ターン13でアウトからオーバーテイクすることに成功した。

「ピットストップのあと、セルジオを抜くのがどれだけ重要か、あの時点ではそんなに意識していなかった。すぐに抜けると考えてはいたけれど、ターン13でしかけたときには少しセルジオを驚かせたかもしれないね。その後、他のドライバーが彼を抜きあぐねていると知って、あのアタックがとても重要だったのだとわかった」

 ベッテルに関しては作戦を成功させたフェラーリだが、不可思議だったのは1周後にライコネンをピットインさせてしまったこと。インラップはベッテルより速い点を見ると、キミのタイヤが限界に達していたとは思えない。ベッテルの2.5秒後方を走っていたのだから、1周でボッタスをかわすだけのマージンは築けない。「セブがこのラップで入るから、次のラップでピットイン」という無線から考えると、ベッテルのアウトラップペースを見た上での判断でもない。ステイアウトしてオーバーカットにトライすることが“攻撃”であったのに、フェラーリは“無難に”ダニエル・リカルドとボッタスを先行させてしまった。結果、ライコネンはレースの大半をボッタスの後方で過ごすことになり、それが最終ラップの接触にもつながった。

 ターン4の接触は、あの断面だけを見るとライコネンが楽観的に攻めすぎたようにも映るが、36周目にもライコネンは同じ場所でしかけて、いったんはボッタスの前に出ている。問題は“キミは、もう攻めてこない”と思わせてしまったこと。だから最終ラップ、ボッタスはディフェンスのラインを取らずにイン側を大きく開けてターン4にアプローチし、フェラーリの存在に気づかない様子で鋭くターンインした。ライコネンが右フロントをロックさせたのは無謀に飛び込んだからではなく、ボッタスの動きを見て接触を避けるため、必死の制動を試みたためだ。ふたりの見解は、もちろん対峙する。レース後、スチュワードはライコネンに30秒加算のペナルティを科したが、失ったものはボッタスのほうが大きいことを考えると、100%ライコネンに非を認めた判断ではないだろう。

 ふたりが接触する前の52周目、ターン13でボッタスに、ターン14でライコネンにオーバーテイクを許してしまったペレスは、その時点でひどく落胆したと言う。12周目に交換してから、41周を走行するソフトタイヤではフラットスポットを作らないことが何より重要で、そのためには早めにブレーキを開始することが必要だったのだ。

 最終ラップの表彰台奪還劇はペレスにとって幸運だったものの、大切なのはそこに至る経緯。2度目のセーフティカーのあと、6番手フェリペ・ナッセと7番手フェリペ・マッサに前を塞がれたペレスは、オーバーテイクが不可能だと悟ると、無理せずタイヤを温存する走りに切り替え、レース終盤に備えた。性能低下を感じるより前、ピットに対して最も注意すべきタイヤを確認したのも冷静だった。もともとタイヤを持たせることに優れたドライバーだが、今シーズンのペレスは1年前よりずっと成長し、広い視野でレースを見つめる能力を身につけた。抜くことだけに集中するのではなく、時には“堂々と抜かれる”姿にも自信があふれている。

「僕はいまキャリアで最高の時期を迎えている。僕らの位置から気づくのは難しいかもしれないけれど、僕のパフォーマンスを見ている人たちにはわかるはずだし、それが僕に自信を与えてくれる」

 じゃじゃ馬だったドライバーをひとまわりもふたまわりも大きく成長させたフォース・インディアの力も大きい──ドライバーに対して、常にフェアな敬意を示せるチームなのだ。だからゴール後のチームの笑顔には、誰もが温かい祝福の気持ちに包まれた。

 そして、ロシアGPのもうひとりのヒーローは、カルロス・サインツJr.だ。FP3の大事故から彼が無事に帰還したのは、ソチの週末で一番大切な要素だった。さらに、20番手からスタートして7番手までポジションを上げたレースは果敢で、事故の影響を微塵も感じさせないものだった。18周目のターン3、リカルドとの並走はレース中で最も迫力のあったシーン。終盤はブレーキの過熱に悩まされながらも見事にペースを保った。最後は左フロントのブレーキが壊れてリタイアを余儀なくされたが、身体的にも精神的にも驚くほどタフなドライバーであることを十分に証明した。

 事故は起こらないほうがいいに決まっている。それでも、大きな衝撃からサインツを守ったマシンやコースサイドの安全構造は、F1の進歩を示している。それに──不屈のドライバーが戦う姿は頼もしく、見守る全員に微笑みをもたらした。パドックを駆けめぐる政治よりも、ファンを心底楽しくするのは、こんな清々しいスポーツだ。

本日のレースクイーン

佐波芽衣さなみめい
2025年 / スーパーGT
Pacific Fairies
  • auto sport ch by autosport web

    RA272とMP4/5の生音はマニア垂涎。ホンダF1オートサロン特別イベントの舞台裏に完全密着

    RA272とMP4/5の生音はマニア垂涎。ホンダF1オートサロン特別イベントの舞台裏に完全密着

  • auto sport

    auto sport 2025年7月号 No.1609

    【特集】LE MANS 2025
    “史上最混戦”の俊足耐久プロト頂上決定戦

  • asweb shop

    STANLEY TEAM KUNIMITSUグッズに御朱印帳が登場!
    細かい繊細な織りで表現された豪華な仕上げ

    3,000円