「バトンと争っている。1周につきあと0.2秒必要だ」
レース終盤、ジェンソン・バトンに追い上げられるキミ・ライコネンはペースアップを促すエンジニアからの無線に対してやや感情的に言った。
「だったらもっとパワーをくれよ!」
無線でのやりとりで名言を残しているライコネンらしい、率直な口ぶりだ。
フェラーリのパワーユニットがメルセデスに劣っていることは事実だが、ライコネンは単にパワーアップを望んでそう言ったわけではない。
「土曜日から少し違うことを試して、それが上手く行かなかったんだけどそのままで行くことにしたんだ。おかげで今日もハンドリングに苦しめられることになってしまった」
自分自身としては苦しい状況の中で精一杯走っているのだから、さらなるペースアップを指示されてもそんなことはできない。ライコネンとしてはやれることすべてやっている、これ以上速く走るためには、クルマを良くするほかないというドライバーの訴えでもある。
開幕以来、ライコネンはF14 Tのマシン挙動に馴染めずに苦しんでいる。チームメイトのフェルナンド・アロンソに対して後れを取る場面が多いのはそのためだ。
「ある周にフィーリングが良くなったと思ったら、2周後にはまた悪くなったりする。それがなぜなのか分からないんだ。そこを究明しなければならない」
そのためにライコネンは試行錯誤をしている。だからオーストリアでも土曜から全く異なる方向にマシンセットアップを振っていた。
今季からフェラーリに復帰したライコネンは、イタリア人レースエンジニアのアントニオ・スパニョロとコンビを組んだ。しかし昨年までイギリス人のマーク・スレードと組んでいたライコネンにとってはやや物足りない部分があったようで、スペインGPのレース直後には長々と2人で話し込む場面もあり、カナダGPからはテストチームエンジニアのデビッド・ロイドが無線のやりとりを担当することになった。イギリス人の彼の方が、より細かな情報やニュアンスのやりとりが可能になるということだろう。
「無線で話す相手が変わったというだけで、僕を担当するエンジニアの体制が変わったわけではないんだ。レースを戦う上での技術体制にはこれまで何も問題はなかったし、実際に何も変わっていないよ」
話す相手が変わっても、ライコネンの奔放な無線での口ぶりは変わらない。しかし、彼との関係構築によって、レースの戦い方はこれから少しずつ変わっていくのかもしれない。