バーレーンGPのハイライトとなったレース終盤の白熱したトップバトル。ハミルトンとロズベルグの戦いと、それを見守るチームの無線から、ふたりの戦いを振り返る。
「ルイス、パディ(ロウ)だ。レースは残りあと約10周だ。確実に2台揃ってクルマを持ち帰ってくれ」
ハミルトンは無返答。
「ニコ、パディだ。レースは残りあと約10周だ。確実に2台揃ってクルマを持ち帰ってくれ」
「OK、分かったよ!」(ロズベルグ)
セーフティカーに先導されたメルセデスの2台に、パディ・ロウから同じメッセージが飛んだ。ともすればポジションキープを指示するチームオーダーかと錯覚するような言葉にも思われたが、実際、メルセデスにチームオーダーはなかった。
それを証明するかのように、レースが再開されるとメルセデスのふたりは他車よりも1周3秒近く早い驚異的なペースで独走し、サイドバイサイドで激しいバトルを繰り広げた。
ニコ・ロズベルグはソフトタイヤを、ルイス・ハミルトンはミディアムタイヤを履いていた。2位を走るロズベルグは、6周目の時点で第2スティントにミディアムを履いて最後にソフトを履く“第2案”に切り替えていた。彼にとってはそれが、勝利に挑戦するための唯一の方法だったからだ。
「我々チームの方針としては、後ろを走るクルマは前のクルマと違う戦略を採ることでしか勝つことは許していない。だからこそ2台で別々の戦略を選択した。つまり、それぞれに勝つチャンスのある戦略を与えたんだ」(トト・ウォルフ)
スタート直後のターン1、そしてターン4でサイドバイサイドのバトルを繰り広げ、ピットストップ直前の18周目にも1コーナーでラインをクロスさせてバトルを演じた。それもセーフティカー中にロウが改めて指示を伝えた理由のひとつだった。
「スタート直後のターン3からすでにドキドキだったよ(苦笑)。こんなのが1時間半も続くのだろうかと冷や冷やしたね。だからセーフティカーからのリスタートを前に改めてドライバーたちにあのメッセージを伝えたんだ。あの交信よりも前に、『事前に話し合ったことを忘れるな』というセンテンスがあったんだ。あれは戦略的な指示(チームオーダー)ではなく、紳士的な“念押し”でしかなかったんだ」
シミュレーション上での両戦略のタイム差は、レースディスタンスで約2秒。開幕戦がそうであったようにミディアムとソフトの差が想定していたよりも小さくなり、セーフティカーが入ったことで、第2案を選ばざるを得なかったロズベルグの不利は小さくなった。いやむしろ、最終スティントのスプリントレースをソフトタイヤで戦う有利の方が大きくなった。
「第2スティントにミディアムを履くのは、もしクルマが完全に同じであれば、その戦略は2秒遅くなる。この戦略は後ろのクルマにレース終盤にオーバーテイクのチャンスが与えられるというものであり、後ろのクルマの方が速かった時のみ有効だ。それこそがまさにコース上で起きたことだ」(ロウ)
そんな背景があったからこそ2人は残り11周に全開でプッシュし、激しいバトルを披露した。フィニッシュした2人は、クルマを降りるなり“やりやがったなこいつ!"と言わんばかりにじゃれ合った。敗れたロズベルグの表情にも、一点の曇りもなかった。
「これで今年のF1がつまらないなんて言うヤツはいないだろ!」
遅く、音が大人しく、追い抜きが少ないーー新世代のF1が退屈だという声が渦巻いていることに対するメルセデスとロズベルグなりのアンチテーゼ。
「僕らはチームの決めた戦略通りに戦い、全ては予定通りに行った。チームは僕らに全開で戦うチャンスを与えてくれたということだよ。あれだけのバトルを見れば、チームオーダーがなかったというあれ以上の証拠は必要ないだろう?(笑)」
期せずしてチームメイト同士のバトルが随所で見られたバーレーンGPだったが、メルセデスはチームオーダーを出すつもりはない。今後もコース上でこんな激しいバトルが見られるのかと聞かれて、ウォルフは断言した。
「ああ、フロントウイングがなくなるまではね!(笑) そんなことが起きたら我々はまた戦略を話し合う必要が出て来るだろうけどね。でも彼らはレーシングドライバーだからね。これだけハイレベルなドライバーたちによるレーシングバトルを見られるのは素晴らしいことだ。お互いにフェアで、リスクも冒すこともなく、なおかつ素晴らしいショーを披露してくれたんだ。F1の魅力が失われたと議論されている時だけに、F1のためにとっても素晴らしいことだと思うよ」