今年のF1グランプリも残り1戦。最終戦は変則的ダブルポイント制だが、ルイス・ハミルトンのタイトル獲得の可能性が高そうだ。個人的にはニコ・ロズベルグに獲らせたいが、実力の差は歴然だからなぁ。
ところで、今回の見聞録はそのタイトル争いとは少し違う話題。以前からずっと囁かれているアウディのF1参戦に関する見解だ。この噂の発信源がどこにあるのか知らないが、噂には根拠があった。それは世界制覇を目論むピエヒ(フェルディナンド・ピエヒ/フォルクスワーゲン監査役会会長でフォルクスワーゲンおよびポルシェの大株主)王国ともいえるフォルクスワーゲン(VW)グループの周到に練られた戦略だ。アウディのF1参戦の噂を流したジャーナリストは、恐らくピエヒの覚えめでたい方に違いない。
ご存じのようにVW、アウディ、ポルシェはピエヒ王国VWグループの要(かなめ)的3大自動車メーカー。量産車の販売台数からすれば圧倒的にVWが多いが、アウディ、ポルシェはそれぞれ独特のカラーを持ってVWグループを支えている。色分けはVWが大衆ブランド、アウディが高級ブランド、ポルシェが(高級)スポーツブランドとも言えるだろう。この色分けを上手く使ってVWグループはあらゆる層に浸透するクルマを提供して来た。
モータースポーツ活動も盛んだ。VWはWRC(世界ラリー選手権)でここ数年勝利を重ね、アウディはル・マンを中心としたWEC(世界耐久選手権)を長年席巻し続けてきた。ポルシェはというと、今年からアウディの牙城であるWECに挑戦している。そして、まさにポルシェが参入してきたのと時を同じくして、アウディの動向が取り沙汰された。曰く、「同じVWグループから2メーカーが同じカテゴリーのレースに出て来るのか?」。「スポーツカーレースの王者ポルシェがWECに来たからには、アウディはF1挑戦しか残されていまい」と。しかし、その問いに答えてアウディのウルフガング・ウルリッヒ博士(アウディWEC責任者)はこう言った。
「ポルシェが勝ってアウディが売れますか?」
この言葉は、スポーツカーレースが市販車の販売(マーケティング)に大きな影響を与えるレースであるということを物語っている。ウルリッヒ博士は、長年の経験からF1よりWECが市販車の販売に直接影響を与えることを知っており、アウディはWECの成功によって大きくシェアを伸ばしてきたと言いたいのだ。
この言葉はVWグループの根幹にある思想を表現しているように思える。個々のブランドには独自の活動の場を与えて、お互いに干渉しない。つまり、VWがアウディの高級感に迫り、アウディがポルシェのスポーティさに迫り、ポルシェがVWやアウディの持つ利便性に迫った今でも、それは決してお互いに干渉するという意味ではなく、独自の方向性を明確に打ち出した結果に他ならない。自由を各社に与えた、ピエヒの戦略は見事と言うしかない。このVWグループのモータースポーツの動向を知ると世の中のクルマの方向性が見えてさえきそうだ。
さて、アウディのF1参戦の話に戻ろう。もしF1参戦が事実なら、アウディは現在いる地点から一歩前に進もうとしている証だろう。長い間ル・マンを中心としたWECへの参戦は、誰もが知るように大成功の足跡を残している。勝ち続けてもWEC挑戦を止めない理由は、自分たちの売るクルマのコンセプトがWECで鍛えられる技術と相関関係にあることを理解し、またWECがマーケティングに関して重要なポジションにあるということを理解しているからだ。しかし、先にも触れたアウディのスポーティさへの舵切りは、モータースポーツへの取り組みに於いても方向性の変化を求め始めたということではないだろうか。そして、WECから更なる前進を求めるなら、そこにあるのは必然的にF1ということになる。
つまり、ポルシェのWEC参入やVWグループの意向を反映してと言うより、アウディのモータースポーツに対する姿勢として、WECの次に来るものはF1という図式があると言うことだ。もちろんWECとF1の両方を同時に行うには膨大な予算がかかるばかりか、両方を天秤にかけるような活動はどちらも失うものが多すぎるような気がする。アウディ首脳陣がそのことを知らないわけはない。そして、アウディのモータースポーツ史の中には(アウトウニオンとしてだが)F1が燦然と輝いている。
※アウトウニオン=アウディの前身となったドイツの自動車メーカー。F1規定制定前のグランプリシーンを席巻した
ただ、F1が以前のままの姿であればアウディは参戦を考えなかっただろう。しかし、現在のF1はモータースポーツの頂点というポジションを意識し、自動車メーカー参入に門戸を広げる。自動車社会が避けて通れない環境問題。市販車でそれに対応しながら、一方モータースポーツで化石燃料を浪費し、大気汚染の元になる排ガス垂れ流しが許されるわけがない。自動車メーカーが最先端の環境技術を持って参入してくれなければ、F1は生き残る道を見つけられないと関係者が気づいたのだ。その結果、ホンダが参入しアウディが手を挙げる状況が整った。
この原稿はアウディのF1参戦を既定事実として書いている。もちろん、アウディ関係者はF1への参戦を否定している。ウルリッヒ博士も同様だ。しかし、噂の元になる情報を集め、WECに参戦しているアウディ関係者の声を聞いた結果として、私はアウディが近い将来必ずF1に参戦してくるはずだという確信を得たので、この原稿を書いた。参戦否定の理由はいずれも根拠があやふやで、十分な説得力を有していない。加えて、VWグループの一員であるポルシェがWECに参戦してきてその存在感を強め始めたタイミングを逃さず、アウディは新しい挑戦を始めるはずである。早くて2016年、あるいは2017年? えっ、確信に至った理由? それはF1参戦に関する質問をしたときにアウディ広報部員の表情だ。彼女は「F1? 行かないと思う」と言いながら、私にウインクして見せたのだ。
ところで、欧州メディアの間で噂になっている、フェラーリでF1チーム代表を務めていたステファノ・ドメニカリのアウディ移籍は、アウディのF1参戦とは直接関係はないようだ。彼はアウディで量産車部門に籍を置く。ただし、F1のトップチームの最前線で指揮を執ったことのある人物を無駄にすることはしないだろう。ウルリッヒ博士も年齢的に退任が迫る。新しい息吹がアウディの中で起こっても不思議ではない。
F1参入といえばアウディの他にタイヤメーカーのミシュランも噂される。ミシュランは現在、WECとフォーミュラEにタイヤを供給するが、フォーミュラE用のタイヤは早晩ブリヂストンに取って代わられるはずである。ミシュランのフォーミュラEとの契約は2013年から3年間。となると、来年でその契約は切れ、2016年からブリヂストンになる公算が強い。そして、そのブリヂストンはMotoGPへのタイヤ供給を2015年限りで止め、2016年からはミシュランが取って代わる。この世界2大タイヤメーカーはお互いの腹を探りながらも、トップカテゴリーを行き来している。
そんな状況下で、ミシュランがF1への参入を狙うのは、現在F1へタイヤを供給しているピレリのサービスに限界が見えているからだ。ピレリは小柄な体質でよく頑張ってはいるが、F1内外から厳しい声も多く、技術的にも物理的にも限界に近い。そこに取って代わるのはミシュランしかいないというのが現状だ。
ミシュランは競争のないカテゴリーへの参入はしないと言ってきたが、フォーミュラEへのワンメイクタイヤ供給、ブリヂストン撤退を受けてのMotoGPタイヤ独占供給と、このところ前言を翻す活動が多い。それは、最大のライバルであるブリヂストンの主要モータースポーツからの撤退を受けて、業界の頂点に立つ実力を誇示するためにも必要な変容と考えたのではないか。いかなる形でも、世界のモータースポーツを牽引する姿を見せることが、ミシュランにとれば何より重要なのだ。そして、WECで理想的なコンビネーションを組んでいたアウディがF1への参入を果たすタイミングに合わせて、ミシュランが登場するというのが語られるシナリオというわけだ。
いずれにせよ、アウディ、ミシュランがF1に出ていくときには、万全の体制で出て行くはずである。その時、F1に新しい波が起こることは間違いない。想像するだけでもワクワクする。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
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