前回のエフワン見聞録でアウディのF1参戦の可能性を書いたが、もしかしたら私の分析通りには行かないかもしれない。11月の半ばから私はバーレーンのWEC、アブダビのF1で取材活動をしてきたが、それらの現場で得られた情報は、これまで私が有していた情報と少し異なるものだった。もちろん、これまでの取材で入手した情報による“アウディF1参戦”の分析が間違っているとは思わない。前回の原稿を書く時点では、最も新しい信頼の置ける情報を分析したと理解している。
では、今回改めて入手した情報とは一体どういったものだったのか? それは、アウディよりもポルシェが先にF1に参戦する可能性が高いというものだった。「えっ」と私は絶句してしまった。何カ月もかけて入手した情報を分析し、多くの人の言質を取ってきたつもりなのに、それが簡単に覆されてしまったからだ。しかし、今回のポルシェのF1参戦予想の決め手の方が、より具体的でロジカルである。
まず、現在ポルシェがWECで採用しているパワーユニットは、ダウンサイジングの2リッターV4シングルターボ・エンジンであるということ。最高回転数は約9000回転で、出力は550馬力程度。WECはこのエンジンにモーターを組み合わせたハイブリッドシステムで、最高出力は約800〜900馬力とか。そして、F1のエンジンもご存じのように1.6リッターのダウンサイジング・エンジン+ターボチャージャー+エネルギー回生システムが装着された、WECのそれと非常によく似たもの。この両者のエンジンを考えると、ポルシェがWECに出て来たのは将来のF1を考慮してのことだ、という考えは納得できる。
ポルシェに近いある技術関係者がこう言う。
「ポルシェがWEC参戦になぜダウンサイジングのターボエンジンを選択したか考えたことがありますか? これは将来のF1参戦を考えての上であることは疑う余地がありません。ただ、彼らはスポーツカーレースの王者としての権威を示さなければならない。だからWECでル・マンとFIA選手権タイトルを獲得してからF1に来るはずです。でも、その時期は恐らくそれほど遠くないと思いますよ」
この技術関係者の言葉は聞くに値する。その証拠に、ポルシェはバイザッハの研究所・テストコースに併設して、素晴らしく近代的な風洞実験設備を完成させている。ここではWEC用のLMP1モデルの実験はもとより、市販スポーツカーの空力テストを行っているが、F1マシンの開発に十分耐えられる設備だということだ。
ただ、ドイツの自動車雑誌など一部で噂されているように2017年からF1に参戦するとなると、今から車体開発をしなければならないから、WECを始めたばかりの現状ではそれは無理だろう。しかも、ル・マンやFIA耐久選手権を制するのは、ポルシェにとってもそれほど簡単なことではない。となると、F1への参入はもう少し時間を置いてからということになりそうだ。
ポルシェのF1参戦をWECで戦っている関係者に尋ねたら、もちろん言下に否定された。WECに出て来たばかりのポルシェにF1参戦を尋ねるのは時期尚早であり、否定されるのはわかっていたが、敢えて聞いてみたのだ。テクニカルディレクターのアレックス・ヒッチンガーも一笑に付したが、技術者は自分たちが手がけているものが形になるまで公表はしない。彼は今、WECのパワーユニット開発の指揮を執っており、F1参戦よりまずWECで勝つこと、そしてル・マンに勝つことが当面の最大の目標だ。ゆえに、一度でもル・マンに勝つとポルシェのF1プロジェクトは急加速する可能性がある。
今回のアウディとポルシェのF1参戦の話に代表されるように、最近のドイツの自動車メーカーの世界スケールのモータースポーツ活動は拍車がかかっている。メルセデスはすでにF1でタイトルを獲得する活躍をしており、それはAMGブランドを初めとするスポーティイメージの創造に大きく寄与している。もちろんアウディのル・マンを初めとするWECでの活躍は他を寄せ付けず、ポルシェはかつてのスポーツカー王者のポジションを取り戻すためにWECに出て来た。つまり、彼らはモータースポーツ活動が企業イメージを助けることを重々承知しており、収益率の良い高価なスポーツ仕様車の販売の後押しをすることを知っているのだ。
先に登場願ったポルシェに近い技術関係者は、それでも最後にこう言った。「ポルシェのF1参戦の時期は、VWグループを牛耳る(フェルディナンド)ピエヒ会長の頭の中にある」と。おっと、これは前回の見聞録でアウディのF1参戦に触れたときの纏めと同じではないか。
しかし、考えてもみるがいい。VWにしろ傘下のアウディ、ポルシェにしろ、モータースポーツ活動の是非を決めるのはVWグループのトップに座るピエヒ会長である。日本の自動車メーカーで経営陣のトップに座るものが、モータースポーツが自社の経営にどこまで影響を与えるか承知している者がいるだろうか? 彼らが、「さあ、うちもF1を始めよう」と言うだろうか? 日本にピエヒ会長はいそうにない。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
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