アメリカGPの土曜、マクラーレンの定例会見の席で、アブダビ・テストでホンダのパワーユニットを搭載して走らせる可能性について質問されたエリック・ブーリエ(レーシングディレクター)は、これまでの強気な発言から少しトーンダウンして、次のように返答した。
「まだ調整しなければならないことがあり、正式に走らせるかどうかはわからない」
調整しなければならないこととは何か? オースティンを訪れていた新井康久氏(本田技術研究所取締役専務執行役員四輪レース担当)によれば、「ドライバーが移籍する時も、いつまで契約下で、いつから新しいチームと仕事していいかという調整を当事者同士でやる。同じようにエンジンメーカーが移行する時も、他のチームとのネゴシエーションが必要なんです。そして我々の場合、そういう部分はマクラーレンが担当することになります」
つまり、現在マクラーレンが契約しているメルセデスと使用期間を調整しなければならないということだ。ただ、たとえメルセデスがアブダビのテストでマクラーレンがホンダのパワーユニットを使用することを許可したとしても、問題はある。それは、データ取りに関するものだ。アブダビGP直後の11月25〜26日に行われるテストは、7月のシルバーストン以来の貴重な機会。このあとは来年のテスト解禁日となる2月1日までサーキットを使った実走テストはできない。
チームとしては来年に向けた空力テストをできるだけ多くこなしたいし、もしかするとピレリの来季用タイヤが持ち込まれるかもしれないから、そのデータも取っておきたい。そうなると2日間みっちり走り込みたいのである。
ところがホンダのパワーユニットを搭載してアブダビ・テストを行うと、そういう望みはある程度あきらめなければならなくなる。なぜなら「もしアブダビでテストするとしても、それはソフトウェアがセッティングどおり、うまく動くかという程度のもの」と、新井総責任者が語っているからだ。
「テスト車両にパワーユニットを搭載してテストする主な目的は、実車にパワーユニットを搭載して、きちんと動くかどうか。たとえば、ダイナモでテストしている時、電源は自由に引っ張っているけど、実車ではそういうわけにはいかない。イグニッション(点火)のスイッチを入れて、ECUへ正常に通電できるかどうかを確認したい。また、MGU-Hを回せば、モーターコントローラーがスイッチングを始めて、そこからものすごいノイズが出るので、それが他のコントローラーにどんな影響を与えるのか。余計なパルスを出して、エンジンのコントローラーに不具合が出るかもしれない。そういうところを確認するのが目的なので、テストだからといって速いラップタイムは期待しないでいただきたい」
そのとおりなら、ホンダを搭載すれば空力などのデータ取りは犠牲にしなければならなくなる。では初日をメルセデスでしっかりと走り込み、2日目だけホンダのパワーユニットを搭載すればいいではないかと思うが、そのような勝手な真似をメルセデス側が許さないだろう。ブーリエが突然トーンダウンしているのは、その交渉が行き詰まっているからではないだろうか。
奇跡的に交渉がうまくゆき、ホンダのパワーユニットがアブダビ・テストで走ることになった場合、使用される車両は今年のマシンMP4-29を改良した「MP4-29改」になるという。その製作はマクラーレンのファクトリーがあるイギリス・ウォーキングでやっているので、パワーユニットを搭載するには日本からイギリスへ送らなければならない。したがって、国内で、ホンダの完全子会社であるモビリティランドが所有する鈴鹿サーキットやツインリンクもてぎでテストする可能性は「完全否定します」と新井総責任者は言う。
ちなみに、MP4-29改に搭載するパワーユニットは、9月にコンポーネントとして組み上げたというレベルのバージョンで、本番用とは少し違うもの。タービンとコンプレッサーのレイアウトも実車テストのあと、まだ変更する可能性はある。
もうひとつの問題は、時間との戦いだ。
「エンジンとミッション(ギヤボックス)のメインの座標軸は決まっているけど、それ以外はまだまだ調整が必要。メルセデスさんと我々の補器類はまったく違うので、かなり大変な作業です」(新井総責任者)
果たして、ホンダはアブダビに姿を現わすのか。アブダビ・テストまで、あと3週間を切った。