2005年 F1日本GP 予選16番手から3位表彰台まで追い上げたフェルナンド・アロンソ

2005年 F1日本GP 前年王者ミハエル・シューマッハーをオーバーテイクするフェルナンド・アロンソ

 アロンソにとって、鈴鹿はさまざまな思い出が詰まったサーキットだ。初めてドライバーズタイトルを手にして乗り込んだ2005年のF1日本GPは、予選で自分のアタック時に雨に見舞われるという不運から予選16番手に終わった。このレースは同じ理由で予選17番手から優勝したキミ・ライコネンの大逆転劇が印象的だが、16番手から3位表彰台を獲得したアロンソの走りも忘れてはならない。

 前戦のブラジルGPですでにタイトルを獲得していたアロンソには、無理をする必要はなかったが、鈴鹿という名コースに、新チャンピオンは黙ってはいなかった。19周目のバックストレートで前年王者のシューマッハーのスリップストリームに着き、130Rでアウト側からオーバーテイク。新チャンピオンとしてのプライドを垣間見せる走りだった。

ミハエル・シューマッハーとの一騎打ちを制し2年連続ドライバーズタイトルを獲得したフェルナンド・アロンソ

 その翌年の2006年のシューマッハーとの一騎打ちも忘れられない一戦だった。タイトル争いで、シューマッハーと同点で鈴鹿に乗り込んだアロンソは終始、シューマッハーの後塵を拝する苦しい戦いを強いられたが、レースでは序盤から5秒差のマッチレースを展開。シューマッハーにプレッシャーをかけ続け、最終的にシューマッハーがリタイアし、逆転勝利。シューマッハーに引導を渡したレースとして、多くの人々に記憶されている。

 最後になるかもしれない鈴鹿でのF1日本GPに向けて、アロンソはこう語った。

「8月に2019年はF1でレースをしないと発表してからは、すべてのレースが僕にとって大切なものとなっている。その中でも、鈴鹿は特別。だって、鈴鹿には忘れることができない思い出があり、それを共に分かち合った素晴らしいファンがいるからね。僕にとって最高の思い出は、やっぱり2006年。世界最高のサーキットで、最高の戦いを繰り広げて、タイトルを大きく引き寄せたあのレースは忘れることができない」

「鈴鹿で僕を応援してくれたすべての人たちにも感謝したい」

 その気持ちを日本のF1ファンは、鈴鹿でしっかりと受け止めようではないか!!

ミハエル・シューマッハーとの一騎打ちを制し2年連続ドライバーズタイトルを獲得したフェルナンド・アロンソ

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