セナが挙げた41勝のなかには、モナコ以外にデトロイト、フェニックス、モントリオール、アデレイドといったストリートサーキットでの優勝が数多く含まれている。アメリカでは1986年から1991年に5回勝ち、カナダでは2勝を挙げている。

 1984年にトールマンでセナのレースエンジニアを務めていたパット・シモンズは、セナは信じられないほど正確な走りをするドライバーだったと振り返っている。それを思い知らされたのは、ダラスグランプリでの出来事だった。

1984年トールマン時代のアイルトン・セナ
1984年トールマン時代のアイルトン・セナ

「ダラスは、昔ながらのストリートサーキットで、コースが大きなコンクリートブロックに囲まれていた」とシモンズ。

「きわめて厄介なサーキットだった。モナコがスムーズに思えるほど路面はバンピーだった」

「予選で好結果を出したセナは、決勝では一時4番手を走っていたが、ウォールにヒットし、そのダメージでリタイアしなければならなかった」

「ピットに戻ってきた彼は、自分がウォールに衝突したことにとてもショックを受けているようだった。戻ってきてまず口にしたのは『僕がミスをしていないことは分かっている。壁が動いたに違いない』という言葉だった」

「20トンのコンクリートの壁が動くなんて、考えられない。だが彼は現場まで行って確かめようと言って聞かなかった」

「実際に現場に行ってみると、本当に壁が動いていた。誰かが手前のブロックに接触したことで、その隣のブロックが4ミリほどずれており、ふたつのブロックがスムーズにつながっておらず、段差ができていたのだ」

「この出来事で、彼がどれほど正確に走っているのかを思い知った。あの時はまだF3からF1に昇格した最初の年だったというのも驚きだ」

(パート2に続く)

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