トッドがフェラーリで重要な役割を果たしていたことについて、フェラーリの全盛期にタイヤサプライヤーとしてともに仕事をしていたブリヂストンのスタッフだった浜島裕英さんは、トッドの長所は他人の意見を聞く耳を持っていることと、それを聞いた上で実行に移す統率力だと言う。
「いまでも忘れられないのは、2003年のフランスGPのこと。土曜日の夜、トッドさんから『今夜レストランに集合』という連絡がありました。おいしいフランス料理が食べられると思って、レストランに入ったら、テーブルが会議室みたいに並べられていて、その中央にいたトッドさんから『ハミー(浜島さんの愛称)はそこに座って』と言われました」
「しばらくするとドライバー2人が入って来て、そのあとロス(・ブラウン)やエンジニアたちがぞろぞろと来た。そして、トッドさんは『今シーズンはここまで成績が悪いので、今日は反省会をする』と言うんです。トッドさんがすごいのは、集まった全員に好きなことを言わせたこと。そして、みんなが自由に発言した後で、『これで何が悪いかがだいたいわかった。じゃ、それを解決できるよう、あとはみんなで力をあわせるように』と会議を締めました」
フェラーリ時代から聞く耳を持っているトッドは、FIA会長になったいまも生きており、年に1回程度ではあるが、メディアを自室に招いて会見を開いている。
2017年のアブダビGPでは、こんなことがあった。筆者が質問しようと手をあげると「私は日本語は話せないけど、いいかな」と言って周囲を和ませた後、筆者の質問を快く聞いてくれた。筆者の質問は、その年大不振に陥っていたホンダに関するもので、トッドの答えは次の通りだった。
「我々はメルセデス、フェラーリ、ルノー同様にホンダにも、できるだけ長くF1にいてもらいたい。彼らは素晴らしいカンパニーだ。F1の世界で長い歴史があり、多くの成功を収めている」
「残念ながら、現在のホンダは非常に厳しい状況にあり、そこを抜け出すのは簡単ではないだろう。それでも、この世界は何か起きるかわからない。それにはこの世界にいることが大切だ。そのために、われわれができることがあれば、これからもサポートしていきたい」


聞く耳を持っているトッドが、フェラーリ時代に優れた統率力を生かせたのは、その下にいたスタッフにシューマッハー、ブラウンといった優秀なスタッフがいたからだろう。
トッドがFIA会長に就任して、今年で11年目のシーズンを迎えている。会長就任当時は持ち前の統率力を生かすことができなかったかもしれないトッドの周りには、徐々にかつてのドリームチームを形成したスタッフが戻りつつある。トッド時代にチームマネージャーを務めていたステファノ・ドメニカリは、FIAのシングルシーター委員会の委員長に就任。ブラウンはFIAではないが、F1のモータースポーツ担当マネージング・ディレクターとして、トッドと密にコミュケーションを図っている。
F1は7月から、無観客でレースを再開することを決定した。トッドの優れた統率力を期待したい。
