先日行われた中国GP。金曜日に行われる恒例のFIA記者会見にホンダの新井康久F1プロジェクトリーダーが呼ばれ、集まった記者の質問に答えた。
ホンダがF1に参戦することを発表したのは昨年のこと。参戦は2015年からということだった。つまり、現在ホンダはまだF1に参戦していない。F1に参戦していない自動車メーカーやチームの関係者がFIAの公式記者会見に参加するのは非常に珍しい。おそらく初めてだろう。FIAにそのことを尋ねると、担当者も「おそらく初めてだろう、少なくとも私が担当になってからは初めてだ」と答えてくれた。この会見にはホンダ新井氏の他に、ルノー、メルセデス、フェラーリといった自動車メーカーの技術担当が顔を揃えた。
ホンダ新井氏以外にもうひとり異例の人物が会見に登場していた。FIAのF1担当責任者であるチャーリー・ホワイティングその人だ。F1におけるFIAの記者会見は、参加チームや参加ドライバーが主役であり、FIAはその会見を取り仕切るだけというのが通例。そこに本家本元のご主人が登場したのだから、これは裏があると読んで当然だろう。その裏とは……今年FIAが行ったレギュレーション変更に対する自己弁護と、その新レギュレーションが自動車メーカーに支持されていることを示すジェスチャーである。
F1は今年からパワーユニットが小排気量ガソリンエンジン+ターボチャージャー+エネルギー回生システムになった。このこと自体は世の中の流れにF1が敏感であったということで、メディアも支持こそすれ反対の声は上げなかった。それでも、FIAはこの変革により強力なサポートが必要だと考えたのだろう。そこで、現在F1に参加しているメーカーはもとより、まだ参戦しておらず来年からの参戦を公表しているホンダにも登場してもらい、彼らがなぜF1に帰って来ようとしているかを語らせたのである。
ホンダ新井氏はその会見で、まさにFIAが求めていた模範的回答を口にした。「この新しいレギュレーションが施行されなかったらホンダはF1に帰ってこなかった。ホンダの復帰にはこの新レギュレーションが必要だった」と。その答えに嘘はないし、自動車メーカーとしては環境が求めるクルマ(のパワーユニット)の開発は必須事項。その開発がF1などの厳しいレギュレーション下で行われることで、加速したり幅を広げたりする可能性は大きいはずだ。
この会見にホンダが呼ばれたことは、F1にとってホンダというブランドが非常に大きいことの表れでもある。加えて、ホンダ、トヨタといった日本の自動車メーカーは環境に対する姿勢が明解で分かり易い。F1にKERS導入を働きかけたのはトヨタだし、そのトヨタは現在WEC(世界耐久選手権)に出場中、WRC(世界ラリー選手権)に参戦すると言われていて、その舞台で先進的なパワーユニットの開発に挑んでいる。そうしたメーカーが同時にF1をはじめとしたモータースポーツの仲間であることは、FIAにとって大きな強味でもあるのだ。そのことをFIAはよく知っており、まだ実際には活動を行っていないホンダに異例の呼びかけをしてまで、FIAの選択した方向性の正しさを訴えようとしたのである。
では、チャーリー・ホワイティングの登場にはいかなる意味があったのか? FIAに尋ねたら、「FIAがどれほどの覚悟を持って新レギュレーションを施行したかを理解してもらうために会見に出てもらった」、との答えがあった。これは裏を返せば、まだ新レギュレーションは全幅の信頼を得られていないということだろうか。それは、将来において今回の変革が失敗であったと言われることへの心配であり、その心配を取り除くためにホワイティングの会見参加は必須であったと理解すべきだろう。FIAも苦心している。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
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