2009年、ブラウンGPでランキング3位を獲得、来季はウイリアムズに移籍することになったルーベンス・バリチェロは、ブラウンGPが2009年のチャンピオンを獲得したジェンソン・バトンを残留させるために戦うべきだったと主張している。

 バリチェロとバトンは2009年のF1シーズンで8勝を挙げ今季のコンストラクターズタイトルを獲得したが、メルセデスベンツがチームを買収、メルセデス・グランプリとして参戦する来季はドライバーのどちらも残留せず、ニコ・ロズベルグのチーム加入が決定、ミハエル・シューマッハーがそのチームメイトに噂されている。

 バトンは来季マクラーレンに移籍、ルイス・ハミルトンとイギリス人ドライバーコンビを組むことが決定しているが、バリチェロはこのバトンの決断に驚いたという。バリチェロはスペインのディアリオ・AS紙に次のように語っている。

「正直に言えば、僕がもしブラウンGPのチームオーナーだったら今季の実績を見て、ふたりのドライバーの残留のために『戦うべき』だっただろう。バトンの決断には本当に驚かされた。僕は彼がチームを去るとは思いもよらなかったからね」

 一方のバリチェロは、チームとの感情的なものが離脱の要因だったのではないかという指摘に対してそれを否定。幼年期からの“夢”を実現したのだという。

「僕の決断は早かった」とバリチェロ。母国のヒーロー、アイルトン・セナが最後に乗ったマシンがウイリアムズだったことが動機だという。「ウイリアムズをドライブするのは子どもの頃からの夢だったからね。サインをするのは早かったよ」

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