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ル・マン/WECニュース

投稿日: 2009.03.09 00:00
更新日: 2018.02.15 12:21

【ポルシェジャパン】ポルシェ917誕生40周年


ポルシェ917誕生40周年

 ポルシェAG(本社:ドイツ、シュトゥットガルト 社長:Dr.ヴェンデリン・ヴィーデキング)は、今から40年前の1969年3月13日、ジュネーブモーターショーにおいてポルシェ917を発表しました。現代の基準からみても決して色褪せることのない、当時「スーパースポーツカー」と形容された917は、史上最速、かつもっとも成功したレーシングカーの1台として伝説を作り上げました。

 国際自動車連盟(FIA)が、排気量5リッター以下、車両重量800kg以上の「ホモロゲーションを取得したスポーツカー」のクラスを設けると発表したことを受けて、ポルシェは1968年に917の開発プロジェクトをスタートさせました。フェルディナンド・ピエヒの指揮により、ホモロゲーションの取得に必要な25台が1969年4月までに完成し、ポルシェ917は同年からレースに出場できるようになりました。シーズン最初の3レースではトラブルのためリタイアを喫しましたが、1969年8月のオーストリア1000kmレースでジョー・シファート/クルト・アーレンス組が挙げた初勝利から917のサクセスストーリーは始まりました。

 いくつかの異なるボディ形状が与えられたことで知られる917は、そのエンジン形式もまたユニークなものでした。ドライバーの背後に搭載された空冷12気筒エンジンは、そのクランクシャフトの構造から水平対向ではなく180度V型エンジンに分類されます。当初このエンジンは4.5リッターの総排気量から520PSの最高出力を絞り出していました。ボディ構成はアルミニウム製チューブラーフレームとFRP製ボディという組み合わせで、さらにボディ形状はサーキットのレイアウトに合わせて、いくつかの仕様が用意されていました。強力なダウンフォースを得てコーナリングスピードを高める必要があるテクニカルコースでは「ショートテール」ボディで、逆に最高速度が重視される高速サーキットでは「ロングテール」ボディで戦いました。さらにCanAMシリーズとインターセリエでは、オープンボディの917スパイダーで参戦しています。

 1970年シーズンにおいて、ポルシェ917と908/03は10戦中9勝という圧倒的な強さを見せつけ、ポルシェにメーカー世界選手権タイトルをもたらしました。この快進撃はデイトナでの勝利から始まり、ブランズハッチ、モンツァ、スパ、ニュルブルクリンク、タルガフロリオ、ル・マン、ワトキンズグレン、オーストリアと続きます。

 しかしなんといってもこのシーズンのハイライトは、ル・マン24時間耐久レースでポルシェ待望の総合優勝を成し遂げたことです。1970年6月14日、ハンス・ヘルマン/リチャード・アットウッド組がツッフェンハウゼンに優勝トロフィーをついに持ち帰ったのです。レッドとホワイトのポルシェ・ザルツブルクカラーに塗られたゼッケン23番の彼らの917ショートテールは、雨中のル・マンにおいてライバル達を寄せ付けない強さを見せつけ圧勝いたしました。

 1971年シーズンも前年と同様に917が圧倒的な強さを発揮し、10戦中8勝を挙げたポルシェは再びメーカー選手権タイトルを獲得、ル・マン24時間レースでもジィズ・ヴァン・レネップ/ヘルムート・マルコ組が優勝するとともに、平均時速222km/h、走行距離5,335kmという最高記録を打ち立てました。この記録は未だに破られていません。彼らの917ショートテールの特徴は、その派手な「シャークフィン」に加え、マグネシウム製チューブラーフレームを採用したことにありました。

 また917ロングテールも記録を塗り変えています。ミュルサンヌ・ストレートにおいてゼッケン21番の917ロングテールが最高速度387km/hをマークしたのです。この年のル・マンでは、もう1台の917、917/20も大きな注目を集めました。ショートテールとロングテールボディの両方の特質が与えられたこの車は、その特徴的な幅広のプロポーションとピンクのボディカラーにより「ピッグ」というニックネームを与えられました。この車はレース半ばでリタイアしましたが、その珍しいボディカラーリングによってポルシェ史上もっとも有名なものの1台となりました。

 ヨーロッパでのレースに適用される「5リッタースポーツカー」のFIAレギュレーションが1971年末に廃止されたため、ポルシェはカナディアン・アメリカン・チャレンジカップ(Can-Am)への参戦を決定しました。1972年6月、プライベートチームのペンスキー・レーシングがターボチャージャーを搭載した最高出力1,000PSのポルシェ917/10スパイダーでカンナムシリーズに参戦しました。ペンスキーレーシングの917はロード・アトランタ、ミッド・オハイオ、エルクハートレイク、ラグナセカ、リバーサイドで優勝し、シリーズチャンピオンに輝きました。翌年には、1,200PSにパワーアップした917/30スパイダーがデビューし、マーク・ダナヒューが駆り圧倒的な強さを見せつけましたが、あまりにも強すぎたため、1974年シーズンからCanAMシリーズのレギュレーションが変更されてしまい917/30は締め出されてしまいました。

 ポルシェの伝統として、こうしたレース活動を通じて培われたパフォーマンス向上のための技術は、プロダクションカーにもフィードバックされています。その成果のひとつが1974年に登場した911ターボです。誕生以来、サイドエグゾーストターボチャージャーを採用したこの車は、ポルシェのスポーツカーのパフォーマンスを表す代名詞となっています。

 今日に至るまで、917は伝説的な名声を得ています。イギリスの有名専門誌「モータースポーツ」の企画により、世界のモータースポーツの専門家50人が「歴史上もっとも偉大なレーシングカー」に917を選んだのも当然のことでしょう。ポルシェ917の総生産台数は65台で、このうちショートテールおよびロングテールクーペが44台、PAスパイダーが2台、そして最終的に1,400PSのターボエンジンを搭載するに至ったCan-AMおよびインターセリエ用のスパイダーが19台です。1970年と1971年のル・マン優勝車、および917/30スパイダーを含む特に重要な7台の917は、現在、シュトゥットガルト ツッフェンハウゼンに新しくオープンしたポルシェ ミュージアムに展示されています。


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