フローリーは2024年、長年に渡りトヨタWECチームを技術面で率いてきたパスカル・バセロンに替わり、TGR-Eのテクニカルディレクターに就任した。
「もちろんチームをさらに強く、良いものにしたいという強い思いを持ってこの役割に就いた。しかし、パスカルは非常に素晴らしい仕事をしてきたので、チームを革命的に大きく変える必要性は感じなかった。それでも(小林)可夢偉チーム代表と常に意見を交換しながら改善を続け、アプローチ、プロセス、共同作業の進め方を、さらに良いものにしようと努力しているんだ」
「パスカルと自分で違いがあるとすれば、それは責任の分担かもしれない。自分はできるだけ俯瞰的に物事を見て、例えばチーフエンジニアやプロジェクトリーダーには、今まで以上に大きな責任を持って働いてもらうようにしている。自分はTGR-Eのテクニカルディレクターとして、WECのレース活動はもちろん、カスタマーレーシングやそれ以外の多くのプロジェクトも進めていく必要があるからね」
責任の分担とはつまり、人を育てることである。実戦経験豊富なフローリーにしてみれば、人に任すよりも自分で仕事を進めた方がより確実性が高く、ストレスを感じることもないだろう。しかし、それでは優れた人材が育たないことを、彼は深く理解している。チームをより強いものにするためには、たとえ少し時間を要したとしても、人材育成が不可欠なのだ。
「もちろん、レース中は2台のGR010ハイブリッドを均等に見ているし、これまでは主にレースの戦略面を担当してきた。でも、今後はその役割も徐々に他のエンジニアに引き継いでいって、自分はもっと別の視点からレース全体を見ようと思っているよ」
「サーキットの現場でもっとも難しいのは、7号車と8号車で戦略を分けなければならない時だ。例えば天候が不確実な時はそうならざるを得ないことが多く、1台が有利で、もう1台が不利になる可能性がある。どちらのクルマも等しく良い結果を残して欲しいというのが本当の気持ちだけど、自分の判断に迷いはないね。そしてチーム全体の利益が、各車の利益に優先することをチームの全員が認識しているんだ」
フローリーは、その静かな語り口とは異なり、内面は非常に熱い男だ。これまでも何度も歯に衣着せぬ言葉を発してきた。しかし、現在のWECのレギュレーションについてはあまり多くを語ろうとせず、ポジティブに未来を見据えている。
「長年、自分たちは多くのことを試行錯誤してきた。技術も変わっていったし、チャンピオンシップのスタイルも、パフォーマンスウィンドウやBoP制度の導入によって大きく変わった。テクニカルとスポーティングの両面で規則が変わる度に、我々はアプローチを根本的に変えて適応する必要がある」
「そして、そのような状況ではチームの全員が重要な役割を担うことになる。ドライバー、エンジニア、メカニック、タイヤマン、そしてトラッキー。チームのメンバー全員が力を出し切ることが求められ、チームワークが何よりも重要なんだ」
テクニカルディレクターとして緊張感の高い仕事を続けているフローリーに、心休まる時間はほとんどない。彼はいったい、どのようにして気持ちをリセットしているのだろうか。
「日々とても忙しく、趣味に時間を費やすことは難しい。自転車も趣味のひとつだけど、高いレベルで続けるためにはハードなトレーニングが必要だし、残念ながらその時間はなかなかとれない。それでも体力を維持するためにランニングはしているし、もうひとつの趣味であるハイキングは続けているよ」
「昔から山を歩いたり登ったりすることが大好きなんだ。大好きな日本を訪れた時は富士山に登り、頂上から素晴らしい景色を堪能したよ。あれは本当に素敵な体験だったね。登山も、山を走るトレイルランニングも、ある意味耐久レースやル・マン24時間に通じるものがあるかもしれない。幾多の困難を乗り越え、自分の限界と戦いながら頂を目指すという点でね。そして頂上に立った時、全てを見渡すことができることも」
ル・マン24時間と並び大事なレースであるとフローリーが明言していた今年の富士6時間。トヨタは課せられた条件を考えれば健闘したと言えるが、望んでいた結果を残すことはできなかった。
しかしそれでも、フローリーの姿勢は非常にポジティブに感じられた。今年のレースをディレクションしながら、同時に来シーズン投入するクルマの開発にも注力。今年苦しんできたファクターは、来季のクルマを強くするための糧となる。そう確信するフローリー率いるTGR-E技術チームの挑戦は、新たなフェーズを迎えようとしている。

