日本で発祥し、今や世界でポピュラーな存在になっているドリフト。現在では国内外でさまざまな競技が開催されているが、2004年に『FORMULA DRIFT(フォーミュラドリフト)』としてアメリカで進化を遂げ、2014年には『FORMULA DRIFT JAPAN(フォーミュラドリフトジャパン)』として日本に逆上陸した“FDJ”について、副大会委員長と審査委員長を務め、自身もプロドリフト選手として数々のタイトルを獲得した今村陽一氏に魅力や将来、FDJ2およびFDJ3の位置づけ、そしてヨコハマタイヤとのタッグが生む相乗効果など聞いた。
■審査委員長の覚悟。スーパーGTドライバーのFDJ挑戦が競技レベルを向上
今村はD1グランプリ初年度の2001年第1戦での優勝を皮切りにプロドリフト選手として活躍。2003年に初の王者に輝くと、2009〜2011年には3連覇を成し遂げ、通算4回のチャンピオンを獲得しているドリフトの名手だ。また、アルテッツァレースでもポールポジションと表彰台を獲得するなどグリップでも才能を見せ、近年はFDJで副大会委員長と審査委員長を兼任で務め、コース設営やイベント開催など、FDJの競技全体を取りまとめている。
今村に現在感じているFDJ競技レベルを聞くと「日本一レベルの高いドリフト競技です。ドライバーの気持ち、ドライビング操作も分かる立場から見ていると、レベルの高さがよく分かります」と即答。今ではプロドリフト選手の経験をFDJの審査委員長で還元しているが、そこにドライバーの心理は含まないと言う。
「審査ではドライバー経験などの感情は一切ありません。誰が走ってもまったく感情移入せず、もう“無”です(笑)。それはランキング1位だろうが30位だろうが変わらず、30位の選手でもうまく走れば高得点、ランキング1位でも失敗すれば0点。言い方は失礼かもしれないですけど、公平にするために無になっています。それがジャッジですからね」
