ジョーダン・グランプリの成功には、商業面を取り仕切ったイアン・フィリップスとエディの信頼関係が不可欠だった。彼らはきわめて有能なコンビだった。

「エディがイアンを必要としていたのは間違いない。イアンはチームに豊富な経験と落ち着きをもたらした。エディがチームに発破をかけ、カオスを巻き起こしても、なお私たちが地に足をつけていられたのはイアンがいてくれたからだ。もし彼がいなかったら、あれほどの成果はあげられなかっただろう」

「イアンは着任したその日から、チームを成功へと導くために尽力した。彼は当時のエディよりF1での経験は長く、そのノウハウを共有してチームを正しい方向へ牽引する手助けをした」

 エディは一流のセールスマンだったが、時にはフィリップスが手綱を締める必要があった。

「イアンはその要領をバーニー・エクレストンから学んでいた。バーニーの名言に『クルマが売れたら、もう何も言うな』というものがある。だが、エディには交渉がまとまりかけると、ちょっと調子に乗りすぎて、さらにもうひと押ししてみようとすることが往々にしてあった」

「当時、また別の名言として『エディからスーツを買うなら、ポケットは別売りだと思え』というのもあった(笑)。彼はそういう交渉術を得意としていた。ひとつの取り引きを決めると、すぐに同じ相手からもっと大きな契約を取ってくるんだ。その点で彼の右に出る者はいなかった」

「エディはドライバーとの意思の疎通にも長けていた。彼自身が、かつてはかなり高いレベルのドライバーだったからね。彼はグリッド上で、クルマに乗り込んだドライバーと一対一で言葉をかわすことにこだわっていた。どんな話をしていたのか、私たちはまったく知らなかった。実際、ドライバーたちにも聞こえていなかったかもしれない(笑)」

「だが、エディが肩をポンと叩いて激励すると、彼らは勇んでスタートし、全力を尽くそうと努めた。とにかくドライバーとはよく話をしていたよ。私たちはしばしばそれをネタに冗談を言っていたが、ドライバーたちは彼の言葉を大いに尊重していたと思う。何を話すにせよ、的外れなことは決して言わなかったからだ」

エディ・ジョーダンを最も知る“門下生”アンディ・スティーブンソンが見た真実のEJ。“我が古巣”へ最後のプレゼント
出会いの印象としては、あまりいい記憶ではないかもしれない。それでもエディ・ジョーダン(右)の考えを理解することでアンディ・スティーブンソン(中央)は成長を遂げ、最後は確固たる信頼を手にした。 2018年F1アメリカGP

 その後、ベンソン&ヘッジスがスポンサーシップの規模を縮小し、ボーダフォンとの新たな契約がまとまらなかったこともあって、2003年から2004年にかけてのコース上でのパフォーマンスは振るわなかった。

「残念なことに、そんな経緯で資金が枯渇した。その2年間は厳しい時期だった。F1は途方もなく金がかかるようになり、自動車メーカーの支援を受けられないチームはひどい苦戦を強いられた。メーカーが巨額の資金を投入し、私たちのようなプライベートチームはついて行けなくなったんだ」

「エディもいくつかの自動車メーカーと交渉をしていた。どのメーカーも私たちに能力があることは知っていたが、彼らが望んだのはチームの買収だった。エディは買収に応じる条件として、自分が代表にとどまることをあげて譲らなかった。彼はとても誇り高い男で、自分がやってきたことを心から愛していた。チームに参加してバックアップしようというメーカーが現われなかった理由は、おそらくそこにあったと思う」

 それでもエディが幻滅することはなかったと、スティーブンソンは言う。

「それは絶対になかったと思う。彼が自らチームを運営した最後の年に至るまでね。2004年の中国GPでのことだ。エディはみんなを集めて、『私はこのチームを続けていくことに情熱のすべてを注いでいる。チームの成長と好成績を、なお強く望んでいる』と言った」

 その場で彼はみんなに約束した。『チームをたたむつもりはない。これは私にとって大切なものなんだ』とね。あの当時は小さなチームが次々と消滅していた。彼は『君たちがひとりも職を失わないようにする』と断言し、実際にそうしてくれた」

「結局のところ、事態は望ましい方向へは運ばなかった。エディはチームを売らざるをえなかったが、それも彼自身の判断だった。ジョーダンは彼のチームであり、誰にも指図はできなかった。あれほど悲しいことはなかったよ」

 2005年初め、ジョーダン・グランプリはロシア生まれのカナダ人ビジネスマン、アレックス・シュナイダーと彼のミッドランドグループの手に渡った。

「やるせない気持ちでいっぱいだった。チームの売却はあっという間に決まり、ミッドランドから人が送り込まれてきた。エディにはスタッフに別れの挨拶をする機会が与えられ、その場にいた誰もがあふれる感情を抑えられなかった。彼は私たち全員の前に立ってスピーチを始めたが、最後まで話し終えることができず、ただ手を振りながら立ち去った」

「本当に悲しい日だった。だが、エディは正しいことをした。彼はみんなの雇用を守った。あの時点で売却しなければ、いずれチームは解散という結末にもなりかねず、そうなるとみんなが職を失うことになる。それを理解して、賢明な判断をしてくれたんだ。つまり、彼はチームのために決断したわけで、その点において、私は一生彼に感謝しなければと思っている」

 スティーブンソンは、エディがその後、一度だけシルバーストンのファクトリーを訪れた時のことをよく憶えているという。

「チャンネル4(注:イギリスの国営地上波テレビ局)の番組の撮影で、ファクトリーに来たことがあった。建物の中は大幅に改装され、中二階のフロアや新しいオフィスがいくつも設けられていて、エディは自分がどこにいるのかまるで分からないといった様子だったよ。それでも彼はあちこち歩き回って、社内の多くの人から温かい出迎えを受けた」

 このストーリーには、まだ続きがある。2024年にレッドブルを離れることを決めたエイドリアン・ニューウェイは、新たな勤め先を探す手伝いをしてもらおうと、エディをマネージャーとして雇った。メディアの関心はフェラーリへ移籍する可能性に集中したが、その裏でスティーブンソンは密かにエディに働きかけ、ニューウェイがアストンマーティンと契約するよう尽力してほしいと頼んでいたのだ。

 ローレンス・ストロールの説得もあって、彼らの目論見は成就した。エディのかつての自分のチームに対する手助けは、およそ考えられる限り最高の別れのプレゼントになった。ニューウェイとの契約が発表された時、アストンの真新しいファクトリーへ出向いたのが、エディにとっては自身のチームがあった場所への最後の訪問になった。

「2024年の9月に彼がファクトリーに来た時のちょっとした騒ぎも、また素晴らしいものだった。彼には人の気持ちを高揚させる特別な能力があった。あの日も彼と握手をし、あるいはハグをしようと、大勢の人が列を作ったんだ」

エディ・ジョーダンを最も知る“門下生”アンディ・スティーブンソンが見た真実のEJ。“我が古巣”へ最後のプレゼント
2024年、エイドリアン・ニューウェイが加入時に開かれたアストンマーティンの発表会。その壇上にはアンディ・スティーブンソンの姿もあった(右端)

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『GP Car Story Special Edition Eddie Jordan』では、ご覧いただいたスティーブンソンのインタビュー以外に、エディを慕う関係者や“エディ・チルドレン”と呼ばれる歴代所属ドライバーが、故人との思い出を語ってくれています。巻頭には2002年にジョーダンでF1デビューを飾った佐藤琢磨のスペシャルインタビューを掲載。デビューまでのエディとのやりとりや、悪戦苦闘の果てに最高のフィナーレとなる2002年シーズンを振り返ります。

 その他、デイモン・ヒル、ハインツ-ハラルド・フレンツェン、ジャンカルロ・フィジケラら、ジョーダンで優勝したドライバーをはじめ、ルーベンス・バリチェロ、エディ・アーバイン、ラルフ・シューマッハー、ヤルノ・トゥルーリなどジョーダンから巣立ち、のちにグランプリウイナーへと成長していったホープたちや、マーティン・ブランドル、ジョニー・ハーバート、ジャン・アレジなどF1以前からエディと関係を築いたドライバーたちも集結!

 また、スティーブンソンの他にもゲイリー・アンダーソン、イアン・フィリップスなど、エディを語る上で欠かせない戦友たちもインタビューも読み応えあり! 読み応えという意味では、“モーターレーシング歴史家”林信次氏による書き下ろしのエディ・ヒストリーも注目。その人生を追体験できる、エディ歴史書の決定版です!

 エディ追悼の意味で特集された本誌ですが、晩年あまりおおやけにされていなかったエディとエイドリアン・ニューウェイとの関係にも踏み込んでいます。ジョーダンを前身チームに持つ現在のアストンマーティン。そのアストンマーティンとニューウェイのジョイントにエディが大きく関わった事実を理解してもらえると、本誌がエディの過去だけにフォーカスしたものではなく、未来へエディが残した“我がチーム”の物語をより深く感じてもらえるはずです。
 
『GP Car Story Special Edition Eddie Jordan』は9月10日より発売中。全国書店やインターネット通販サイトにてお買い求めください。内容の詳細は三栄オンラインサイト(https://shop.san-ei-corp.co.jp/shop/g/g505284/)まで。

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