また、チームによってドライタイヤの選択が3種類に分かれた理由について、松崎エンジニアは「コンパウンドによって特性が違うので、マシンのセットアップも特定のコンパウンドに合わせて行います、われわれはソフトに合わせていたから、ドライになったときにソフトを履かせました」と解説する。

 チームは作動温度領域や走行可能な周回数によってコンパウンドを決めているのではなく、自分たちのマシンのセットアップに合ったコンパウンドを、レースでのメインタイヤとして選択しているのだ。つまり、もしドライコンディションでスタートしていたら、メインのタイヤは、メルセデスがウルトラソフトで、マクラーレンやウイリアムズはスーパーソフト、フォース・インディアとフェラーリはソフトだったと考えられる。

 最後に、ハミルトンには、もうひとつ幸運があった。ウルトラソフトで走り続けるハミルトンを見て、ホーナーは「最後まで、もたないだろう」と思っていたという。確かにファイナルラップでニコ・ロズベルグのウルトラソフトはガケに達して、フォース・インディアのニコ・ヒュルケンベルグに逆転を許した。では、なぜハミルトンは無事だったのか。予選Q3でトラブルに見舞われて、1回しかアタックに出て行くことができなかったため、ウルトラソフトのニュータイヤが1セット残っていたからだ。

 ハミルトンとロズベルグは、ともに31周目にタイヤ交換を行い、最後のスティントは同じ47周を走行した。しかし、履いていたタイヤはハミルトンが新品だったのに対して、ロズベルグはQ3で4周を走ったユーズドだった。あと4周で、ハミルトンにもガケが来ていたかもしれなかった。レッドブル陣営のミスに助けられただけではなく、ハミルトンのモナコ優勝には多くの幸運が味方していたのだ。

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