第2次世界大戦直前のドイツでは、国威発揚の狙いもあって自動車メーカーによるモータースポーツ活動が奨励された。当時、ドイツの2大自動車メーカーといえばアウトウニオンとメルセデスで、両社は現在のF1にあたるグランプリレースや速度記録挑戦でことあるごとに対決し、毎回のように白熱した戦いを繰り広げた。

 ただし、第二次世界大戦の火はドイツ全土を焼き尽くし、終戦後にはアウトウニオンも“開店休業”の状態を余儀なくされる。しかし、その後のドイツ経済の発展に伴ってアウトウニオンもコンパクトカーを中心にビジネスを再開。堅実な実用車としての評価を次第に高めていった。

 そんなアウディが「スポーティなプレミアム・ブランド」として評価されるきっかけとなったのがアウディ・クワトロだった。当時、革新的な技術だったオンロード用フルタイム4WD機構を搭載したクワトロは1981年に参戦を開始した世界ラリー選手権(WRC)を席巻すると、またたく間に高性能を意味するテクノロジーとして浸透し、アウディをプレミアム・ブランドの一画に押し上げる効果をもたらしたのである。

1981年にWRCに参戦したアウディ・クワトロ。この年、3勝を挙げた。
1981年にWRCに参戦したアウディ・クワトロ。この年、3勝を挙げた。

 もっとも、これを単なるプロモーション戦略と捉えるのはフェアではない。なにしろアウディとホルヒには創業当時から続く長いモータースポーツの歴史があった。しかも、アウグスト・ホルヒは常々「レースは走る実験場」と口にしていたのだ。したがってアウディ・クワトロによるWRC参戦は、アウディ/ホルヒの歴史を正確になぞった結果に過ぎなかったともいえるのだ。

本日のレースクイーン

香月まひろこうづきまひろ
2026年 /
富士スピードウェイサーキットナビゲーター「クレインズ」
  • auto sport ch by autosport web

    SUPER GT PARADE LAP EP.1 Produced by autosport web

    禁断のGT500スワップ企画!?
    プレリュードのコクピットを千代勝正と坪井翔がチェック!

  • auto sport

    auto sport 2026年10月号 No.1624

    フォーミュラ一騎打ち
    勝負の最後はやっぱり『人間』

  • asweb shop

    F速 Premium Vol.3
    角田裕毅 現在・過去・未来

    2,100円