開幕戦セント・ピーターズバーグ、彼はハーフウエットの路面も味方につけ、いきなりポールポジションを獲得するセンセーショナルな本格デビューを飾った。
レースも堂々とリード。しかし、最後のリスタートでアレクサンダー・ロッシにヒットされ、優勝は逃した。あのレースの後、ウィケンスは「ペースカーの行動が不可解だった。次のラップでスタートするはずじゃなかったのに、突然スタートすることになった」と戸惑いを見せた。インディカーでは頻繁に見られる”フレキシブルな判断”に彼は慣れる必要があるだろう。
「ぶつけられた自分はクラッシュ。ぶつけた相手は3位で表彰台というのは納得がいかない」というコメントには、彼が単なるルーキーではなく、世界の大きな舞台で十分な経験をしてきていることが現れていた。

ウィケンスのパフォーマンスはその後も目覚ましく、第2戦フェニックスはオーバルコースでの初レースとなったが、こちらでも優勝目前まで行っての2位フィニッシュ。
第5戦インディGPで2度目の表彰台となる3位に入り、インディ500も9位とトップ10で走り切った。
難しいと言われるオーバルへの順応もウィケンスは驚異的に早く、フェニックス、インディとはまた違った超高速ハイバンクオーバルのテキサスでもトップを快走した。
「レース中はピットスタンドからできる限りの情報をフィードしてもらっている。周りの状況を理解、把握することで有利に戦えることも多いからだ」と彼は話していた。
速く走りながらも頭はクールに保たれ、情報を収集、解析して自らの中に経験として積み上げていっている。テキサスはクラッシュという結果に終わったが、それは不注意だったエド・カーペンター(エド・カーペンター・レーシング)に進路を塞がれてクラッシュしたためだった。何事もなく走り続けていたら、ウィケンスは優勝かそれに近い結果を残せていたはずだ。
デビューシーズン17戦の10戦が終了。これまでのところウィケンスは決勝よりも予選でより目覚ましいスピードを見せている。予選での平均順位はオーバル3戦を含めても6.1位というハイアベレージ。
彼より数字が良いのはウィル・パワー(チーム・ペンスキー)だけだ。ポイントランキングのトップ4=スコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)、ライアン・ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポート)、アレクサンダー・ロッシ、ジョセフ・ニューガーデン(チーム・ペンスキー)よりウィケンスの方が予選でのパフォーマンスは安定して高いのだ。

予選でも決勝でも、それぞれのシリーズには特徴がある。例えばインディカーの予選では、経験を積むチャンスの限られるソフトコンパウンドのタイヤ(レッドタイヤ)の使い方が重要で、決勝では燃費セーブをしながら速く走るテクニックが求められるケースが少なくない。
ウィケンスはまだラップタイムを犠牲にすることなく燃費を大きくセーブするノウハウでは十分なものを手にしていないが、その能力もじきにトップレベルに引き上げられるだろう。
それより驚くべきなのは、彼がすでに予選の戦い方をほぼマスターしている点だ。そこにはDTMでのキャリアも役に立っているのだろう。
GTマシンを使って競われているDTMだが、メルセデスベンツ、BMW、アウディが威信をかけて戦うシリーズでは豊富なリソースを使ったマシン開発が行われ、ソフィスティケイトされた最先端ハイテク満載のマシンが使われる。ドライバーに対する技術的な要求度は高く、ウィケンスは6年間でその能力に磨きをかけたのだ。
「インディカーレースは楽しい」とウィケンス。「ヨーロッパに行く前からインディカーは目標にしていたシリーズだし、ヨーロッパで走っている時にも常にチェックしていた。しかし、もうシーズンの半分が終わったなんて信じられないね。まだシーズン序盤の気分だ」
「1レースを終えると、すぐ次のレースの準備に入る。その忙しさに驚いている。DTMはシーズン中のテストもないし、インディカーと比べるとパートタイムの仕事と言えるぐらいだった。この忙しさ、バラエティに富むコース、インディカー参戦を僕は心からエンジョイしている」
様々な経験を積み重ねてインディカーに到達したウィケンス。彼が天賦の才に恵まれているのは間違いなく、インディカーでの初勝利を記録するのはもはや時間の問題だろう。