サマリー&岡山後の展望
「もっとうまくやる前に、同じようにやること」
初開催のアジアン・ル・マン・シリーズを成功裏に終えた翌日、ACOのジェネラル・マネージャー、レミー・ブルワールが期待を込めて語った。
ル・マン24時間を愛する者なら誰でも知っている。1923年といえば、「ラガシュ/レオナール、シュナール&ワルケル」という答えが返ってくるだろう。1515年なら「マリナン」と挙げる人たちがいるのと同様に。そして今から数年後、2009年に日本で初開催されたアジアン・ル・マン・シリーズは、と問えば「ペスカロロ・ジャッドに乗ったタンソー/中野」という答えがすぐに返って来るだろう。このフランス・チームは新たにスタートしたル・マン・シリーズで、アストンマーチンを抑え、最初の勝者として歴史にその名を刻むことになったのだ。
「我々は非常に満足している。早く再開しよう!」
ヨーロッパ、日本、アメリカから参加したチームによって23台のマシンがこのイベントに集まり、現地に赴いたACOチームはポジティブなフィードバックで一致した。「我々は非常に満足している。早く再開して、アジアン・シリーズの新しいステージを提供してほしい!」 このことばはACOジェネラル・マネージャーのレミー・ブルワールをよろこばせた。「結論を出すに当たり、これは一番重要なことだ。私はACOチームの見事な仕事ぶりを讃えたいし、彼らは自分たちが成し遂げたことを大いに誇っていいと思う。この仕事を熟知しているWTCCのプロモーターとのパートナーシップという背景のもと、自分たちの拠点から遠く離れた地でこのようなイベントを開催するのは簡単なことではないのだから。また、私は一方で耐久、もう一方で30分のスプリントという、ふたつのタイプのイベントが完璧に補完し合っていたのを確認した。同じことを試みるというのも悪い考えではない。」
サスペンス溢れるふたつのレース
ACOジェネラル・マネージャーはまた、3時間レースを2回というフォーマットがうまく機能したことにも満足している。「アジアン・ル・マン・シリーズを制するのは誰か、ペスカロロ、オレカ、ローラ、アストンマーチン、或いはアウディなのか、誰にもわからなかった。イベント前、予選後、レース開始1時間後でも、さらにはレース1が終わった後でもわからなかった。これはすべてのカテゴリーについて言えることだった。ふたつのレースは素晴らしく、特にレース1は上位陣が極めて僅差の争いをしていて、競技面からとてもポジティブだった。」
では、岡山戦は大きな期待を生んだと。「そこが問題だ」とブルワールは笑顔を見せる。そして次のように付け加えた。「本当のところ、私は解決すべきこの種の問題が起こることを大いに望んでいる・・・ 2009年はこのようなイベントを始めるのに容易な年ではなかった。我々は良くやった。もっとうまくやろうとする前に、同じようやることが必要だ。2010年についての我々の目標は、日本のサーキットで我々が行ったことのクオリティをもっと高めること。サーキットは異なる可能性があり、いくつかが候補に挙がっている。そして、アジアでの最初のイベントの2週間後にふたつ目のイベントを行いたい。我々は自動車メーカーが存在し、ル・マンへの情熱がある日本に、そして経済面の理由と将来の展望から中国に集中しなければならない。2010年アジアン・ル・マン・シリーズのカレンダーに中国ラウンドを含めることができるかどうかはまだわからないが、それが我々の目標であることは間違いない。」
岡山国際サーキットでの2レースを終えて、2009年アジアン・ル・マン・シリーズの上位3位までは以下の通り*
LM P1:
1 ソラ・レーシング(ペスカロロ・ジャッド) フランス 18 pts
2 アストンマーチン・レーシング (ローラ・アストンマーチン) 英国 15
3 チーム・オレカ・マットミュット・エイム フランス 14
LM P2:
1 OAK RACING (ペスカロロ・マツダ) フランス 21 pts
2 ジョゼ・イバネズ (クラージュAER) フランス 16
LM GT1:
1 JLOC (ランボルギーニ) 日本 18 pts
2 HITOTSUYAMA TEAM NOVA (アストンマーチン) 日本 15
3 ラルブル・コンペティション フランス 14
LM GT2:
1 ハンコック・チーム・ファーンバッハー (フェラーリF 430 GT) ドイツ 16 pts
2 レイホール・レターマン・レーシングチーム (BMW M3 E92) 米国 14
3 チーム・フェルバーマイヤー・プロトン(ポルシェ911 GT3 RSR 997) ドイツ 13
(*) 各カテゴリー1位は2010年ル・マン24時間への出場権を得る。
ACO会長ジャン=クロード・プラッサール、副会長ピェール・フィヨンは岡山国際サーキットで、日本の自動車メーカー代表者と会談し、チーム関係者とも話し合いの場を持った。
ジャン=クロード・プラッサール:「2011年、2012年に向けて大きな希望」
「日本のメーカー各社はル・マンの中期的な方向性に関心を持っていた。レギュレーションについて多くの質問を受けたが、このことは彼らが既に何らかの考えを抱いていることの証だ。彼ら全員が、過去にル・マン24時間に参加しており、それを再開する準備が整っているという印象を受けた。話し合いは新エネルギー、特にハイブリッドについて幅広く行われた。ハイブリッドについては或るメーカー(それがどこかは周知の通りだ)が、既に大いに力を入れている。 彼らはACO(自動車クラブであることを言っておきたい)が、自分たちの拠点から遠く離れても、日本から参加した10チームを含めた23台での素晴らしいレースを開催することができることを知った。これは我々にとって非常に重要な点で、2010〜2012年について大きな希望を持つことを可能にするものだった。岡山での大会期間中、我々は今後開催を予定しているインターコンチネンタル・トロフィーについての質問攻撃を受けた。これについても皆が高い関心を抱いている模様で、こちらも展望は非常に明るい。これについて検討し、準備を整えるにはまだあと数週間の作業が必要だが、もちろん時機が来たらお話しする。」
ピェール・フィヨン:「トロフィーを創設」
「現在、2010年のル・マン規則については既に出来上がって発表されており、耐久レースを戦う戦士たちに受け入れられている。2011年についてもコンストラクターとエントラントから一致した賛同を得ている。今、我々に残されているのはル・マンの名を冠したレースの戦略、そしてインターコンチネンタル・トロフィー創設についての最終的な作業を進めることだ。我々は現在、このプロジェクトについて検討の最中で、結論は間もなく出るはずだ。2010年のスタートを目指しているというのは事実だ。これは我々の希望であり、コンストラクターとテレビの希望でもある。控え目にアプローチして、次の年にペースを上げて行くつもりだ。」
