8号車GR010ハイブリッドをドライブする平川亮もまた、WECチームの一員となることが決まるとすぐにベッぺのもとに送られ、徹底的に鍛えられたようだ。
「とくに、若いドライバーはフィジカルを強化していくことで、メンタルもかなり鍛えられる。もちろんメンタルトレーニングは有効だけど、それだけではレースに勝てない。フィジカルを強化することで、気持ちも強くなるんだ」
レースは孤独だ。特に、昼夜を問わず長距離長時間を走るル・マン24時間レースでは、夜中の降雨などコンディションが大きく変わった時、不安な気持ちになりやすい。
「自分のスティントが来る前に、身体の調子が整っていれば自分を信じることができるし、恐れを感じることなくクルマに乗り込むことができる。そのためには普段からトレーニングで身体のコンディションを整え、走る直前にもウォームアップで調子を上げておく必要がある」
「私が思うに、ドライバーの中でウォームアップをやっているのは全体の25%くらいじゃないかな。ウォームアップをやる姿を他人に見られることが恥ずかしいと思っているドライバーが多いみたいだね。でも、それは他のスポーツではあり得ないことだ」
「もっとも、何人か例外的なドライバーもいて、可夢偉はそのひとりだ。彼はあまりフィジカルトレーニングを好まない(笑)。でも彼は自分自身を信じることができているし、メンタルも非常に強い。また、レース中に水分補給をしなくても大丈夫なドライバーなんだ」
■ル・マンの決勝中は休みなく働き続ける
レース中、ベッぺはドライバーの身体のメンテナンスに従事する。クルマに乗る前後で、必要に応じてマッサージやストレッチを施すのだ。
「ドライバーたちはオイルやクリームを塗り込むことは好まないから、主にやるのはタイ式マッサージとモビライゼーションだね。圧迫とストレッチを組み合わせて疲れをとったり、可動領域を拡げたりするんだ」
「ル・マン24時間レースの間は休むことなく施術を続ける。僕にとっては今年で18回目のル・マンだけど、過去レース中に寝たのは最長1時間程度で、通常は40時間起きていることができるよ。別に辛くはないんだ。普段からトレーニングで鍛えているからね(笑)」
ちなみに2015年のWECスパ戦で、当時ドライバーだった一貴が大クラッシュにより脊椎にダメージを負い、ル・マン24時間出場が危うい状況になった時も、手術後のリハビリをベッペが担当。プールでのエクセサイズからスタートし、チームのトレーニングキャンプを経て、一貴は奇跡とも言えるリカバリーでル・マン出場を果たした。
「ル・マンはもっとも過酷なスポーツのひとつだ。だから、自分が担当しているドライバーのクルマがスムーズに走り、彼らがクルマから降りてきた時に『ベストな仕事ができた』と思ってくれたら、とても嬉しいね。そして、さらに1時間くらい運転できそうに見えたら、もっといい気分になる。もちろんレースで勝ってくれたら最高だよね。逆に、クルマを降りた時に疲労困ぱいなように見えた時は、自分が良い仕事ができなかったのではないか? と残念な気持ちになってしまうよ」
ドライバーだけでなく、メカニックのトレーニングメニューも考え、彼らのベストなピットストップ作業を裏側から支えている。トヨタWECチームにとって、ベッペはなくてはならぬファミリーの一員。『陽気な鬼軍曹』の愛に溢れた指導が、チームをさらに強くしているのだ。
※文中敬称略

