アンドレ・ロッテラー:飛び立った人
「ル・マンを愛しています。ル・マンのためにすべてを投げ捨てられると言っても、過言ではありません。アウディと私は偉大な歴史を分かち合っています。アウディと共に今もレースに出場することはできますが、その舞台はル・マンではありません」
「ポルシェから、このレースに出場することは特別な魅力があります。なぜならこのブランドはル・マンと密接に結びつき、浸透しているからです。子供の頃スポ-ツカーを描くと、そのフォルムは常に911のそれでした」
「ここ最近、数台のポルシェを購入する幸運に恵まれました。さらに会社から貸与されている車と919ハイブリッドの2台も加わりました!」
「ル・マンは大規模なプロジェクトで、過酷なレースです。スポーツカーは最高の仲間と1台の車をシェアすることを意味します。ブノワ・トレルイエやマルセル・ファスラーとの関係は非常に特別でした。耐久レースは徹頭徹尾チームスポーツです。ル・マンはすべての人を限界まで追い込みます」
「このレースで優勝することは本当にすばらしいことです。これまでに3回経験しましたが2011年の最初の優勝がキャリア最高の栄誉であると考えています」
「1回目には2回目の優勝の機会が得られるかを知る由もなかったので、非常に特別なレースとなりました。セーフティカーが数時間に渡って入り、プジョーと40回にわたって首位を入れ替わりました」
「6秒の差をつけていたレース終盤、同時に最後のピットストップに入り、最終的には13.8秒差で優勝しました。私は最後の約4時間、5つのスティントを走りました」
「その年、アラン・マクニッシュは大きなクラッシュでレース開始から1時間でリタイアし、夜間にはマイク・ロッケンフェラーが大きな事故に見舞われました。そのため、2つのガレージが閉まり、ブノワ、マルセルと私はプジョーに対して1台で立ち向かうことになりました」
ニック・タンディ:泣く場所を探して
「2015年のル・マン優勝を考えると今でも心が高ぶります。出場するチャンスがあるとは思っていませんでした。こんなに特別で大きなレースに出場することなど、一瞬たりとも夢を見たことはありませんでした」
「2015年のレースの3時間前には緊張でいっぱいで、解放されるのを待つコイルスプリングのようでした。ピット内に座り、歩き回り、身の置き場がないのです。自身最後のスティントを走り終え、フィニッシュはアールとニコに委ねられました」
「ステアリングを握っていないのはつらいことでした。もちろん2人のチームメイトを100%信頼していましたが、運命は自分のコントロールがおよばない所にあったからです」
「プロになって15年間のハードワークの後に、悪いことが起こらない限りモータースポーツで世界最大級のレースにおいて優勝を飾り頂点に達しようとしているときに、彼らがステアリングを握る“自分の車”をテレビでただ見つめているだけでした。それは非常につらいことでした」
「時計が午後3時へ近づくにつれて高まるプレッシャーは、アールと一緒にピットで過ごした最後の約15分間、最高潮に達しました」
「その時は裏口から逃げ出したい気分でした。世界最大級の、そして自分のキャリア最大のレース優勝は、経験したことのない緊張と重圧となりました。静かになれるどこか隅っこを探して泣きたかったのだと思います」
「チェッカーフラッグの後はわけがわかりません。あまりに多くのことが起こり、安堵感を抑えることができず、朦朧としていました。レース後の祝賀会の写真やビデオを見て、どうにかその時のことを思い出すことができます」
「日曜日の夜は早い時間にポルシェのパーティーから部屋へ戻りました。肉体的にも精神的にも疲れ果てていたのか、すぐに眠りました。翌日はイギリスへ妻と娘を乗せて運転しましたが、これまでで一番ストレスのない長距離走行でした」
「世界は最高の場所でした。地元に戻ったとき、家族と友人が「おめでとう」の横断幕とともに近所のパブで開いてくれたパーティーは、素晴しい時間でした」