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F1 | ジョージ・ラッセル(George Russell) 2019年

ジョージ・ラッセル(George Russell) 2019年

イギリス / ウイリアムズ /

ゼッケンNo. :63

■ジョージ・ラッセル プロフィール

 カート競技を始めたは8歳。最大で4歳年長のドライバーたちがいる、『カデット』クラスに参戦した。

 デビューシーズンから上位ランキングの争いに加わり、3年目となった2008年に初タイトルを獲得する。カデットクラス最終年となった翌09年は、英国の国内選手権で3冠を達成した。

 10年は『ジュニア』クラスに上がり、またも3選手権を制覇。これによって、11年からジュニア最高峰となる『KF3』クラスに昇格した。

 11年にまたタイトル獲得をひとつ伸ばすと、12年からは国際舞台への本格参戦を開始。KF3ヨーロッパ選手権、同ウインターカップをともに制した。13年はトップカテゴリーの『KF1』で世界選手権にエントリーも、ここではランキング下位に沈む。

 14年からフォーミュラレース転向。フォーミュラ・ルノー・アルプス選手権、英国F4の2カテゴリーを走った。アルプス選手権は途中体調不良による1ラウンド欠場もあってランキング4位に留まるも、英国F4は5勝を挙げてチャンピオンとなる。この年はフォーミュラ・ルノーのユーロカップにも2ラウンドのスポット参戦があり、計4レースで1度ポール・トゥ・ウインを決めている。

 英国F4のタイトル褒賞として、シーズン後にGP3テストに参加。また、マクラーレン・BRDC(英国レーシングドライバーズクラブ)・オートスポーツ賞も受賞、英国内の最優秀若手ドライバーに選出された。この副賞としては翌15年、マクラーレンの11年型でF1初ドライブの機会が与えられている。

 GP3のテスト機会はあったが、15年の進路にはF3を選択。ヨーロッパ選手権にデビューした。1勝を挙げてランキング6位。ルーキーオブザイヤー争いでは、シャルル・ルクレールに次ぐ2位だった。国際レースの『マスターズF3』にも参加、2位でチェッカーを受ける。

 16年はチームを移籍してヨーロッパF3に継続参戦するが、飛躍とはならず、2勝でランキング3位に留まる。年末の国際レース『マカオGP』では、ポールポジションから7位に終わった。

 同11月末にはメルセデスとジュニアドライバー契約を結び、明けて17年1月にデベロップメント(開発)ドライバーとしてF1のシミュレータ作業を行なうことが正式に発表された。

 17年は前年11月の2度目テスト参加を経てGP3に転じ、フルシーズンを闘う。4勝7度の表彰台でシリーズタイトルを手にした。8月にはハンガリーの居残り合同テストに参加し、メルセデスでは初、最新型のF1ドライブを経験する。シーズン最終の2戦では、フォース・インディアからFP1の出走も果たした。

 18年はメルセデスのリザーブドライバー契約となる一方、F1直下のカテゴリーFIA-F2に進む。このF2では記録的とも言えるシーズンを送り、7勝に2位3回3位1回の計11回の表彰台でまさに選手権を制圧。シリーズチャンピオンとなる。

 8月のハンガリーでは、2年連続でメルセデスのテストを担当。フォース・インディアでは、ピレリのタイヤテストも行なった。そして10月には、メルセデスとの契約を維持したままで、翌19年にウイリアムズのレギュラードライバーとなることが発表される。

 しかしながらF1へのステップアップ1年目は、苦難のシーズンとなった。ウイリアムズが製作した19年型シャシーはまず完成が遅れて開幕前テストの初回参加を見送り、さらに2回目でも組み立て作業で午前中のセッションを棒に振る。開幕してからも競争力不足は顕著で、ほとんど他車との争いには加われない。

 そのなかでラッセルは、F1優勝経験もあるチームメイトのロバート・クビサに対し、予選で全勝。完走したレースでは2回しか順位が劣ることはなかった。実力的には高く評価される。

 だが負けた2レースのうち、第11戦のドイツでは荒れた展開とアルファロメオ勢2台にタイム加算ペナルティが下ったことで、クビサが10位1ポイントを獲得。全20名で唯一の無得点となり、ドライバーズランキングの最下位でデビュー年を終えることになった。

 なおウイリアムズとは複数年契約を結んでおり、20年も残留しつつ、いつかメルセデスのレギュラー昇格、あるいはより高い競争力を持つチームへの移籍を目指すことになる。

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