F1で3年間レースをすることなく復帰しようとするのは、非常に困難なことだ。ミハエル・シューマッハーが2006年の最初の引退の後、2010年にメルセデスに加入した時がその状況だった。これはおそらく成功したF1ドライバーのなかでも、最も本格的なカムバックだった。2006年中にシューマッハーは、自身のキャリアが終わったことを感じてF1から引退したが、後にふたたびレースをすることを選択した。

 他のドライバーたちとは違い、シューマッハーはシートを失ったわけでもレースに飽きたわけでもなかった。残念ながら、シューマッハーの結果は多くの人々(そして彼自身)が期待したものではなかった。前述した他のドライバーのケースと同様に、シューマッハーの純粋なスピードは過去にそうであったほど強力なものではなかったが、それでも彼は非常に優れていた。メルセデスのパフォーマンスの低さがなければ、シューマッハーはより上の結果を出せたかもしれない。結局のところシューマッハーは、メルセデスが史上最強の覇権を握るチームとなるための基礎を築いたのだ。

フェルナンド・アロンソ(フェラーリ)とミハエル・シューマッハー(メルセデス)のバトル

 最も奇妙なカムバック劇のひとつはアラン・ジョーンズのケースかもしれない。1980年の世界チャンピオンであるジョーンズは、F1の負の面に嫌気がさして1981年末に引退したが、1983年にアローズから一度限りの復帰を遂げた。ジョーンズのフルタイムでのカムバックは1985年の終わりまで実現せず、1986年に持ち越された。しかし厳密に言えば、ジョーンズは1982年の中盤以降ふたたびレースをする道を探っていた。

 また、他に言及しておくべきケースは、ピーター・レブソンの1964年最初の数戦と彼のレーシングキャリアの正式なF1スタートが1972年で間に7年の間が空いたことだろう。これは厳密には引退ではなかった。直近のケースもまた、長い間待たされたカムバックのひとつだ。ロバート・クビサは2011年にラリー事故で負った怪我により、8年4カ月の歳月を経て2019年にF1に復帰した。結果は印象強いものではなかったが、クビサはふたたびレースができるという事実は間違いのないものだった。

2019年F1最終戦アブダビGP ロバート・クビサ(ウイリアムズ)
2019年F1最終戦アブダビGP ロバート・クビサ(ウイリアムズ)

 アロンソのケースはこうしたドライバーたちとは異なるものだ。アロンソはメルセデスと契約するために空白期間を利用してはいなかったし、他のシリーズにフルタイム参戦することもせず、もちろん怪我もしていない。アロンソはF1で適切な選択肢がなく、ぴったりのチャンスが訪れるのを待つ間、他のシリーズでレースをして勝つ方がよかった。2018年に引退した時のアロンソの言葉から、今では彼が常にいずれかの時点での復帰を計画していたことがはっきりしている。

 では、これは本当に引退だったと言えるのだろうか?それとも慎重に計画された動きだったのか?とにかくアロンソは、ルノーからアルピーヌとなるチームとともに2021年に復帰するが、彼の目は2022年を見据えている。これでアロンソはF1でふたたび勘を取り戻すために1年を使うことができる一方で、ルノーは優勝を争うのに十分なマシンを用意するだろう。歴史は困難なことでも実現し得ることを示唆している。だが復帰に関して最も大切なことは、優れたマシンがこれまでと同様に重要であるということだ。

フェルナンド・アロンソがルノーR.S.20で初走行
フェルナンド・アロンソがルノーR.S.20で初走行

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