F1チーム首脳陣のコメント、あるいは質問により引き出された答えからは、今のチームやF1全体の状況や課題が読み取れることが多い。F1ジャーナリストのクリス・メッドランド氏が、ひとりのチーム首脳にフォーカスし、その人物の言葉をまとめ、そこから見えてきたトピックを取り上げる。今回はアルピーヌF1チームのエグゼクティブディレクターを務めるマルチン・ブコウスキーに焦点を当てた。
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今年のアルピーヌは、少し変わった体制のもとで運営されている。シリル・アビテブールが去って以来、チーム代表が不在なのである。少なくとも「チーム代表」の肩書を持つ者はいない。
今年の初めにアルピーヌF1チームはMotoGPスズキの元ボス、ダビデ・ブリビオをレーシングディレクターとして迎えた。しかしチーム代表の立場に最も近いのはマルチン・ブコウスキーだろう。
ブコウスキーは、FIAでF1技術部門の責任者を務めた後、ルノーに加入、現在アルピーヌF1のエグゼクティブディレクターのポジションに就き、影響力を増してきている。当初はあまり表に出ることなく、舞台裏でチームに貢献していたが、最近では、アルピーヌがチームを代表する人間を公的な場に出す場合に、彼がその役割を果たすケースが増えてきた。
ロシアGPの週末、アルピーヌの若手育成プログラムのドライバーたちの将来について、ブコウスキーにメディアから多数の質問が浴びせられた。ひとりは来年F1にステップアップする見通しとなっているが、もうひとり稀有な才能を持つドライバーがいて、彼がステップアップできないのはおかしい、と問い詰められたのだ。
周冠宇は2022年にアルファロメオからF1デビューする可能性が高いといわれている。その理由は明白だ。アルピーヌは、周が中国人として初のF1ドライバーになる能力があると考え、多額の投資を行ってきた。彼がF1にステップアップすれば、アルピーヌは多数のスポンサーシップを集めることができるだろう。そのために、アルピーヌは周をプッシュしているのだが、そのためにはまず、彼自身がF1ドライバーのレベルに到達する必要がある。
だが周のこれまでの成績は、華々しいといえるほどのものではない。F2での3年目となる今年はタイトル争いに絡んでいるが、ソチの週末は低迷し、ポイントリーダーのオスカー・ピアストリに続くランキング2位につけてはいるものの、その差は36点に拡大している。
そのピアストリもまた、アルピーヌの育成ドライバーだ。ピアストリは2019年にフォーミュラ・ルノー・ユーロカップで、2020年にFIA-F3で、連続してタイトルを獲得。今年F2にステップアップし、ルーキーにしてチャンピオンの座につこうとしている。その場合、周ではなくこの驚異の若者が残り1席となった2022年F1シートをつかむべきだと、多くの人々が考えている。
ロシアGPの週末、ピアストリの将来について聞かれたブコウスキーは、彼をリザーブドライバーに起用する可能性を示唆した。
「過去に、若手ドライバーについてこれほど多くの議論がなされたことはないのではないだろうか。そこをまず指摘しておきたい。素晴らしいことだからね」
「今回の記者会見の半分の時間が、若手ドライバー全般、特にアルピーヌ・アカデミーのドライバーについての話題に費やされた。他のテレビインタビューでも、ほとんどの質問がそれに関するものだった。そのこと自体をとてもいいことだと思っている。我々のアカデミーが成功を収めているのは間違いないということだからだ」
「来年の計画については、まだ検討中ということもあり、何も申し上げることはできない。だが、オスカーは素晴らしい活躍をしている。彼は3年連続でチャンピオンシップを獲得する可能性がある」
「過去2年にルノー・ユーロカップとF3でタイトルを獲った。もし今年F2でチャンピオンになれなかったとしても、若いドライバーのキャリアとしては素晴らしい3年間だったと断言できる。これだけの成績を残した者は今までほとんどいない」
「アルピーヌの人間は彼を高く評価しているか? もちろんだ。彼がタイトルを獲れるかどうかは、そのうち分かるだろう。それが来年のリザーブドライバーのシートに関するプランや、アカデミー全体の年間成績に影響するのは間違いない」
■批判めいた問いかけをポジティブな話題につなげたブコウスキー
ブコウスキーのこの言葉に納得する者はあまりおらず、ピアストリの成績を考えると彼はもっと報われてもいいはずだという意見の方が多い。だが、ブコウスキーは極めて頭のいい人物だ。「ふさわしい方のドライバーがF1に昇格されるのか」などの質問がしつこく繰り返されたが、彼は非常にうまい対応をして、ポジティブな方向に話を向けた。
「我々が基本的に言いたいのは、自分たちのアカデミーは最高の人材を生み出すことに成功しているという点だ。そのうち何人かは成長し、F1への準備も整っている。この数年にわたって運営してきたアカデミーがいい仕事をしたということだ。また、アカデミーのディレクターである、ミア・シャリズマンもとてもよくやってくれている。彼がこの若者たちを訓練し、それぞれのカテゴリーで成功させてきたのだ」
「周冠宇については、いろいろなうわさが飛び交っている。私はこの場で、うわさについてや、ドライバーの契約についてコメントするつもりはない。我々は現在、アカデミーのドライバーたちの選択肢について評価しているところだ。一方で、アカデミーの成果について、このプロジェクトの成功の度合を評価する必要もある」
「私たちがこのアカデミーを運営しているのは、F1ドライバーを輩出したいからだ。アルピーヌで走るF1ドライバーを育てたいのだ。F1ドライバーを生み出して初めて、アカデミーは成功を収めたと言える」
「そのため、アカデミーのドライバーがF1にふさわしい成長を遂げ、そのチャレンジを引き受ける準備が整ったときには、彼らの邪魔になるようなことをするつもりはない。そんなことをすれば、彼ら自身と彼らのキャリアにとって、マイナスになるだろう。さらに我々アカデミーにとってもいいことではない」
「来年の計画を評価する際には、このようなパラメータを考慮に入れる必要がある。だが、どれだけ質問を受けても、これ以上詳しいことを話すつもりはない。この件については時が来れば発表を行うつもりだ」
育成ドライバーのひとりに他の育成ドライバーよりも大きなチャンスを与えようとするのはなぜかと、執拗に批判的な問いかけが行われ、ブコウスキーは、内心苛立ちを覚えていたかもしれない。しかし彼は、そんな素振りは一切見せず、非常にスマートな対応をした。アルピーヌを背負う人物としてふさわしい振る舞いだったと思う。
どんなにネガティブな言葉を投げかけられても、ポジティブな面を強調し、他のシニアメンバーの仕事ぶりを公の場で称えて敬意を示したブコウスキー。アルピーヌはまだ完璧な体制で機能しているとはいえないものの、優れたリーダーがいることは間違いないようだ。