LMP2クラス優勝を果たした、ジョージ・カーツ、マルテ・ヤコブセン、トビー・ソウェリー、アレックス・クインのクラウドストライク・バイ・APRの04号車オレカ07・ギブソンは、オープニングラップのターン1で発生したアクシデントから見事に復活した。
このアクシデントは、Eraモータースポーツの18号車ナヴィーン・ラオが引き起こしたもので、TDSレーシング、AFコルセ、ユナイテッド・オートスポーツのLMP2マシンも巻き込まれた。
ソウェリーはレース後、「最低の悪夢だった」と振り返った。
「まずは1周目を生き延びたい。古臭い言い回しだけど、1位でゴールするには、まず完走しなければならない。ブロンズドライバーはさまざまなスキルを持っているが、ジョージは毎回マシンを復活させるのが本当にうまいね。幸いにも大きなダメージではなく、チームは1〜2周のうちにマシンの不具合をすぐに修復してくれた」
■“ニュルの霧”もマンタイには味方せず
GTDプロクラスで26周のリードラップを記録したAOレーシングの77号車“恐竜ポルシェ”は、ハリー・キングがリスタートでフライングしたため、60秒間のストップ・ホールドペナルティを受け、また終盤には2年連続でマシンのノーズを失った結果交換が必要となり、最終的には9位でフィニッシュした。
「レギュレーションでは、必要以上にスピードを落としてはいけないことになっている」とキングは語った。
「タイミングは完璧で、数周遅れていたマクラーレンが全員をマークしてくれていた。グリーンフラッグが振られる頃には数台が後方にいたので、スピードを維持できており、ブレーキをかける必要がなく、勢いを維持して走行を続けることがでた」
「もしマクラーレンがいなかったら、全員が同じペースで走っていただろうから、僕は奇妙なポジションに立たされてしまっていた。そのせいでペナルティを受けたんだ」
マンタイは911号車ポルシェ911 GT3 RでGTDプロクラスの5位を得たが、終盤はペースが足りず、クラストップについていけなかった。GTDに出場した姉妹車912号車は、エンジン温度の問題に苦しんだ。
「我々はアイフェル(ニュルブルクリンク)の霧を持ち込んだみたいだが、残念ながら最終的には我々にとって有利には働かなかったようだ」とチームディレクターのパトリック・アルケナウは冗談まじりに語った。
■フォード勢を襲った波乱
フォードのマスタングGT3“エボ”はデビューレースで波乱含みとなり、4台中完走したのはクリストファー・ミース、フレッド・バービッシュ、セブ・プリオール組のマルチマチック・モータースポーツが運営するGTDプロクラスの65号車のみで、クラス7位となった。
カスタマーのGTDクラスは2台とも完走できず、グラディエント・レーシングはラジエーターのパンクによりレースを終えた。一方、マイヤーズ・ライリー・モータースポーツは、ロマン・グロージャンが複数のライバルと接触し、損傷が直ちに修復不可能と判断されリタイアとなった。
一方で64号車のマスタングは、マイク・ロッケンフェラーが運転中にエンジントラブルの疑いでリタイアを喫した。バックストレッチにオイルが漏れたこのアクシデントにより、レース9回目にして最後のフルコースコーションが出された。コ・ドライバーのベン・バーカーは、「油圧が低下したが、詳細は完全に調査するまで分からない」と語っている。
レイホール・レターマン・ラニガンのマクラーレン720S GT3 Evoでのデビュー戦は、タイヤ空気圧モニタリングシステム(TPMS)の故障によりユーリ・ビップスがガレージ入りを余儀なくされ、22周の走行を失ってしまったことで早々に幕を閉じた。
各OEMが供給するTPMSは、IMSAの規定により常時作動することが義務付けられている。
■最終年のレクサスはペース不足
バッサー・サリバン・レーシングのレクサスRC F GT3は、週末を通してペースに苦しみ、クラス9位(GTDの12号車)と10位(GTDプロの14号車)に終わった。
「最後までミスを犯さなかったジャック(・ホークスワース)とカイル(・カークウッド)、そして14号車のチームを心から誇りに思う」とベン・バーニコートは語った。
「全員が素晴らしい仕事をした。すべてを正しく行い、10位でフィニッシュできたことは少し受け入れがたいが、それがレースなのだ」
DXDTレーシングのシボレー・コルベットZ06 GT3.Rは、GTDクラスの優勝候補だったものの、ギヤボックスからのオイル漏れにより22時間目にリタイアした。
「残り約3時間半でトップに立ったのだが、ギヤボックスに亀裂が入ってしまった」とチャーリー・イーストウッドは語っている。「原因は不明で、本当に残念だ」。
■出場60台中49台が完走
より深刻な事故の一つは、レース開始3時間目に発生した。ライト・モータースポーツのポルシェ120号車、アダム・アデルソンが、LMP2クラスのAFコルセ83号車ディラン・マリーと接触し、アデルソンは予防措置として病院に搬送された。彼は土曜日の夕方に退院している。
スタートした60台マシンのうち49台がフィニッシュし、うち25台が各クラスのリードラップでフィニッシュを果たし、さらに12台がわずか1周遅れでレースを終えている。
レースは霧のため、午前0時45分から6時間33分もの間、フルコースコーションで進行した。これはデイトナ24時間レース史上最長のセーフティカー導入期間となり、合計120周を走行し、燃料補給のために2回のセーフティカー交代が必要となった。
過去、デイトナ24時間は少なくとも3回霧の影響を受けている。直近では2013年大会で、視界不良のため1時間45分間のイエローが出された。その2年前の2011年大会では、2時間47分のイエローフラッグ期間があり、1989年大会では霧のため4時間近く赤旗が出されたことがある。
■「まだ6分しか経ってない!」という絶望
IMSAのレースコントロールは、24時間耐久というレースの性質を理由に、決勝中に赤旗を出すことは一度も検討しなかったとされている。
たとえばル・マン24時間レースは近年一度も赤旗が出たことはなく、直近では2024年に大雨と路面コンディション悪化による長時間のセーフティカー導入があった。
今回のデイトナでロングイエローが出た際、アクション・エクスプレス・レーシングの31号車キャデラックを運転していたNASCARの新星コナー・ジリッシュは、セーフティカーの後ろを走っている間、非常に退屈だったと語っている。
「歌を歌って、できるだけ自分自身を楽しくしようとしたんだ」とジリッシュ。
「でも、全然楽しくなかった。手首に時計を着けていたので、下を見ると『ああ、30分経ったような気がするけど、たったの6分しか経っていない!』って感じだったよ。『ああ、これは長い4時間になるぞ!』って思った。
「やるべきことをやるしかなかった。何も見えなかったし……本当に何も見えなかったんだ」
このコーション中に最長の走行時間を記録したのは、タワー・モータースポーツのキフィン・シンプソンで、LMP2マシンで3時間56分12秒を記録した。連続する6時間のうちの4時間という最大走行時間をギリギリでクリアするスティントだった。
■最多動員記録を更新
デイトナ・インターナショナル・スピードウェイの社長、フランク・ケレハーは、昨年の同イベントの過去最高記録を破り、新たな観客動員数記録を更新したと発表した。
NASCARが所有するこのトラックは観客の実数を公表していないものの、今年のデイトナ24時間レースでは、ターン1を見下ろすグランドスタンドがほぼ満員となり、インターナショナル・スピードウェイ・ブールバードの向かい側にあるボルシア・モールの駐車場もほぼ満杯となっていた。











