当時のアロンソは、まさに時の人だった。シューマッハーを王座から引きずりおろし、強烈な才能を見せつけ、新たに大勢のファンを獲得した。スペインGPのチケットは売り切れ、バレンシアでの国内ふたつ目のレースも開催された。

 若くしてアロンソは、自分に大きな期待をかけられていること、自分にはもっと大きな成功を成し遂げる力があることを知り、それにふさわしいポジションを確立できるはずであることを自覚した。

 移籍に関する判断についてしばしば批判を受けるアロンソだが、なかでも最も問題視されるのは、マクラーレンで過ごした2007年シーズンだ。移籍を決断したのは2006年シーズンが始まる前のことであり、2005年の段階で、彼はマクラーレンの将来に期待を感じ、ルノーの限界にも気づいていた。実際、2007年のマクラーレンには、本当ならドライバーズとコンストラクターズ選手権の両方を制する力があり、アロンソは3年連続でチャンピオンになっていたはずだった。

 では、なぜそうならなかったのか。最も大きな理由はルイス・ハミルトンの存在だ。ふたりの激しいライバル心、そしてアロンソが頑なにナンバーワンステータスにこだわったことが原因だった。だがそれを誰が非難できるだろう、アロンソはマクラーレンに加入した当時まだ25歳だった。ミスを犯しても仕方のない年齢だ。

2007年、アロンソはマクラーレンでハミルトンと激しく戦い、同ポイントでシーズンを終えた

 ハミルトンは、ルーキーイヤーにアロンソと組み、彼を間近で見た経験から、そのすごさを認めている。後にアロンソのチームメイトとなったジェンソン・バトンとキミ・ライコネンは、その時点ですでにタイトルを獲得し、ドライバーとして経験を積んでいたにもかかわらず、アロンソに歯が立たなかった。
 バトンはハミルトンのチームメイトを務めた経験もあるが、最も手ごわいチームメイトとしてアロンソの方を挙げている。

■最強レッドブルを苦しめ、ドライバーとしての真価を発揮したフェラーリ時代

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